2021年1月11日月曜日

この中にクォークは... 、あるのかないのか

長い間使っていなかったのりが、口のところで固まって出てこなくなった。仕方ないので口のところを回して外すと、 のりが固まりになってごろっと出てくる。のりは紙と紙を貼りつけるものだが、ほっておくと自分で固まってしまうこともある。何の話かと思われるだろうか。かなりこじつけ的だが、今日はグルーボールの話をしてみたい。

量子色力学でクォークを結びつける「のり」の役割をしている場(あるいは粒子)のことをグルーオンと呼ぶ。グルーとは「のり」のことなので、「のり粒子」。あたりまえすぎる名前だと思われるだろうか。英語のこういう気楽さは楽しい。このグルーオンは、クォークをくっつけるだけでなく、グルーオン同士でくっつきあって固まりをつくることもでき、こういうのは「グルーボール」と呼ばれる。日本語では「のり玉」ということになるだろうか。グルーオンは電磁気学の光子、すなわち光あるいは電磁場、に対応する粒子なので、光と光がくっついて毛玉を作ったようなもので奇妙な感じがする。実際、電磁気学ではこういうことは起こらない。量子色力学では、のりの働きをするグルーオンがそれ自身「色荷」をもっている、つまり他を引きつけるためにこんなものも可能になるわけだ。

強い力でできた束縛状態は、クォーク模型といって、クォーク同士が引きつけあってくっついていると考えればおおよそ理解できるが、グルーボールは明らかにその範疇を超えている。なにしろその中にクォークはいないのだ。だから、グルーボールが見つかれば、量子色力学の強い証拠がまた一つ加わることになる。だが、残念なことにこの粒子は実験では見つかっていない。なぜか。それはこの粒子がかなり重いと予想されるためだ。

グルーボールができるとどうなるか。あらゆる粒子は、もしそれよりも軽い粒子に遷移できるなら、いつか壊れてしまう。質量差が大きいほどすぐに壊れ、逆に質量差が小さいとなかなか壊れない。グルーボールの場合は、それよりも何倍も軽いパイ中間子2個あるいは数個に壊れることができるので、できたと思う間もなく壊れてしまうはずだ。ある程度の時間生き延びてくれれば共鳴といって、その質量にぴったり合うエネルギーを与えたときだけ反応が起こりやすくなるのでそれとわかるのだが、壊れるのがあまりに速いと、それすらなく、痕跡を残してくれないので見つけられない。だから、存在するのかどうかすらあいまいになる。

内部にクォークをもっていないはずのグルーボールが、クォークと反クォークで作られたパイ中間子に壊れるのはおかしな話だと思われただろうか。ここもまた量子論のマジックで、グルーボールの中ではクォークと反クォークがペアになって勝手に生まれたり消えたりを繰り返している。ペアになるのは同じ種類(アップならアップ、ダウンならダウン)のクォークと反クォークなので、それをいくら繰り返しても全体のアイソスピンはゼロのまま(アイソスピンが何かは、少し前の記事を参照)。つまり全体としてはアップ・クォークもダウン・クォークも存在しない状態だが、実際にはいっぱいいるというややこしいことになっている。こうして生まれたり消えたりしているクォークと反クォークが、たまたま別の相手とくっついて外に出てくると、それが2個のパイ中間子、というわけだ。

以前に出てきたη’(エータ・プライム)粒子は、パイ中間子に似た粒子で、ただしアイソスピンがゼロのものだ。そういう意味では似ているが、パリティ(空間反転対称性)がグルーオン2個でできるものとは逆なのでグルーボールとは呼ばれない。

格子QCD計算でグルーボールの質量を計算した例はいくつかあるが、実はそれらはパイ中間子に崩壊することを考慮した計算ではない。むしろこの世にクォークがないことを仮定したときの計算なので、現実的なものとはいえない。パイ中間子2個に崩壊することを考えると、計算はとたんに難しくなる。前にも説明したように、格子計算でうまく計算できるのはエネルギー最低状態だけなので、グルーボールの質量を計算しようとしたのにパイ中間子2個のエネルギーを計算するだけになってしまうせいだ。しかもこの計算では統計誤差がやたら大きくなってしまうので、パイ中間子2個の状態を同定することすら難しいだろう。そういうわけで、おそらく将来も本当の計算ができるようにはならないと思われる。

グルーボールは、実験的に発見するのは困難(一応それっぽいものは見つかっているのだが確証のしようがない)で計算も難しいとなると、手の施しようがないということかもしれない。その中にクォークがあるのか、それともないのか。理論的には「ある」。量子論では「起こりうることはすべて起こる」からだ。しかし、実験で検証できない以上、設問自体に意味がないということか。

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