2021年1月3日日曜日

量子コンピュータはどこがすごい(かもしれない)のか

それを計算機だと思うから、間違えると腹が立つ。実験装置だと思えば、エラーがあるのはあたりまえ。誤差つきで得られた結果から意味のある結論を導くのが実験家の腕の見せどころだ。量子コンピュータもそういうものだと思えばいいのかもしれない。ただし、誤差の要因を含めて装置全体を理解するのは、量子計算を理解するよりもはるかに難しそうではある。

とは言え、そこにおもしろそうな装置があるなら触ってみたくなるのは人情で、だからこそ多くの人が量子コンピュータの使い方について考えている。ここで考えたいのは、格子上に定義された場の量子論だ。ここに量子コンピュータを使うと何がすごいのか。量子の魔法を使って、既存のスーパーコンピュータを上回るスピードの計算を実現するのが量子コンピュータ。そういう考えは間違いだ。まったく違うアプローチで問題にせまる。それがどういうことか考えてみよう。

これまでの格子場の理論のシミュレーションでは、時間を虚数にとることで元の模型を計算しやすい模型に変換しておき、モンテカルロ法を用いてもっとも起こりそうな場の配置をシミュレーションで取り出すという手法が用いられてきた。(このあたりの事情については以前に紹介したことがあるので、よかったら過去の記事を参照していただきたい。)虚時間を持ち出すところがミソで、こうすることでさまざまな場の配置に関する確率分布という問題にもちこむことができる。知りたい量の期待値を求めるには、モンテカルロ法で得られた場の配置が全体を代表すると思って平均を取ればよい。ここにはもはや場の変数のとる「波動関数」という概念は現れないことに注意しよう。ここで言う波動関数とは、空間に広がる場の変数のことではない。ある配置をもつ場があらわれる確率(ではなくて量子的な振幅)をあらわす量で、場のあらゆる配置に、ある複素数が割り当てられる。こういうのを「第2量子化」といって、場の量子論を学ぶときに混乱する原因なのだが、そこを意識しておかないと何をやっているのかわからなくなる。こうして得られた場の波動関数をすべて重ね合わせたものが、場の量子論における状態をあらわす。場の配置はそれこそ無限のバリエーションがあるので、それをすべて重ね合わせるのは無理というもので、そういう無理なことは放棄して(場全体がもつエネルギーなどの)期待値を求めることに特化したのが従来の手法だった。実際、この手法は大きな成功を収めたので、そのことについて文句を言う筋合いはないのだが、そこには放置されたままの問題があることも忘れてはならない。

その代表的なものが、場の時間発展を追うという問題だ。例えば、陽子と陽子の衝突で、いろんな粒子ができてそれらが飛び散っていく様子を考えたいとしよう。時間を追ってみていくと、陽子と陽子がぶつかった瞬間に両者がくっついてつぶれたり振動し、次の瞬間に引き千切れて離れていくことだろう。ところがこれまでのやり方では、初手から時間を虚時間に置き換えてしまったので、時間発展を考えようにもそこにはもう「時間」は存在しない。これではどうにもならない。実際、この問題は非常にやっかいで、量子論なのでいろんなことが同時に起こりうる。陽子と陽子が壊れてできる粒子は一通りではなく、それらの飛ぶ方向もいろんなものがあるだろう。そういうすべてが量子論の波動関数のなかに含まれているはずだ。波動関数は、ありとあらゆる分岐の可能性をすべて内包しながら時間発展していく。それらをすべて計算するにはどうすればいいだろうか。いろんな状態の重ね合わせになった波動関数の各々の状態がどう発展していくかをすべて追いかけるしかない。それは無理というものだ。

ここで登場するのが量子コンピュータ、ということになる。ある波動関数の時間発展を追いかけるということは、ハミルトニアン演算子を何度も掛けることに相当する。演算子をある状態に作用させると、一般には一つだけではなく別の状態を含む重ね合わせになる。さらに演算子を作用させると、それぞれの状態がまた別の状態を生成し、どんどん複雑な状態の重ね合わせに変化していく。実際、それこそが量子論での時間発展の本質で、シュレーディンガーの猫のように、全然違う状態を含んだ重ね合わせが生まれるわけだ。量子コンピュータでは、実際にこういうことが可能になる。最初はある量子ビットが上向きの状態だけだったものが、ハミルトニアンをかけるたびに周辺の量子ビットも巻き込みながら状態がどんどん複雑になっていく。そのすべては、個々の状態の行方を一つひとつ計算しなくても、全体に量子的な演算をかけることで実現される。これこそが、量子コンピュータが得意とする(はずの)ことで、従来の計算では手を出せなかった「波動関数」を扱うことが可能になるわけだ。

こうして状態の時間発展を追うことで可能になることは他にもある。例えば、いろんなエネルギーをもつ状態のなかから指定したエネルギーの状態を抜き出す問題だ。固有のエネルギーをもつ状態の時間発展は、そのエネルギーにしたがって複素位相が回転するだけなので、時間発展を正確に追うことができれば、フーリエ解析を使って異なるエネルギーの状態を分離することができる。従来のやり方では、虚時間を持ち込んだせいでこれができない。エネルギーの保存則も存在しないので、粒子の散乱や崩壊などの扱いが制限される。こういう問題も、量子計算が期待される応用の一つだ。

どんどん進歩する技術の将来を予測することは難しい。10年もすれば、上記のような問題が実際に扱えるようになるのだろうか。10年は無理でも私が生きているうちに、そういう未来を見てみたい、そして触ってみたいものだ。

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