2020年12月26日土曜日

スピン、アイソスピン。何それ?

量子力学を学ぶとき、角運動量やスピンのあたりは一つの壁になるのではないだろうか。交換関係というよくわからないものを追いかけていくと、いつのまにか角運動量が整数値だけ許されるという話になって、変な話だと思うまもなく今度は半整数、特に 1/2 の角運動量をもつ「スピン」というのが出てくる。数式を追うのに精一杯で全体像をつかむのはなかなか難しい。そうこうするうちに、級友が「群論」というものがあると教えてくれて、それを勉強すればすべてすっきり理解できるらしいとか余計なことを言い出す。それでは、というので数学科の群論の講義に潜り込んで勉強しようかと思ったら、たいくつな定理と証明ばかりでいつまでたっても回転群は出てこない。おかげでもやもやしたまま。こういう状況がいまも同じなのかどうかは知らない。最近の教科書には群論の必要なことだけが要領良くまとまっているのかもしれない。

さまざまな角運動量の状態は、空間がもつ回転対称性を満たすような波動関数の取りうるいろんな可能性をあらわしている。ある軸のまわりに一周回ったら元にもどらないといけないが、そうなるような関数はいろいろあって、一番簡単なのはずっと定数のもの。次に簡単なのは一周回る間に複素位相が一回転するもの、次は二回転、といった具合だ。こういうのは別の状態と考えるのが便利だし、実際にも別々のエネルギーをもつ異なる状態になっていることが多い。

さて、角運動量の話をしてきたが、ここで考えたいのは実は角運動量ではない。「アイソスピン」という、核子や中間子、原子核を区別するラベルについてだ。アイソ (iso-) というのは、「同一」という意味の接頭辞で、ここでは陽子と中性子がほとんど同じに見える、ということを意味している。陽子はプラス1の電荷をもち中性子は電荷ゼロなので、両者は全然違うものに見えるが、電荷を除く他の性質は驚くほど似ている。質量は、ある単位で938と940。0.2% しか違わない。それぞれ強い力を感じるのだが、その強さもほぼ同じだ。これだけ似ているということは、自然界がある対称性をもっているに違いない。陽子と中性子を入れ替える対称性ということになるが、実際にはそれらを中途半端に混ぜる変換も許されるような連続的な対称性だ。この対称性がたまたま空間の回転対称性と同じだったので、そこで使われている分類法を使おう、ということになったのがアイソ「スピン」の意味するところだ。だから、くるくる回るスピンとは何の関係もない。

陽子と中性子をつくっているクォークの言葉で言うと、アイソスピンの対称性は、アップ・クォークとダウン・クォークを入れ替える対称性に相当する。アップとダウンの名前の由来がわかっていただけただろうか。そう、アップ・クォークはアイソスピンが「上向き」を持つクォーク、ダウン・クォークは「下向き」を意味する。上向きと下向きという2成分だけをもつ状態はスピン 1/2 の状態なので、クォークはアイソスピン 1/2 の状態で、アップとダウンは、その上成分(+1/2)と下成分(-1/2)を表しているということになる。これらの組み合わせでできているのが陽子と中性子で、陽子はアップ2個とダウン1個なので、アイソスピンは +1/2、中性子は、アップ1個とダウン2個なので、アイソスピンは -1/2 だ。

アイソスピンは、単に分類の道具にすぎないが、便利な道具でもある。クォーク1つと反クォーク1つで作られる中間子の場合は、アイソスピンが0になるものと1になるものがある。1/2 と 1/2 を組み合わせるとできるのが 0 か 1 だからだ。パイ中間子は、アイソスピン1をもち、その成分には +1, 0, -1 がある。これらが、それぞれパイ"+"、パイ"0"、パイ"ー" という粒子に相当する。そして、エータ・プライム(η’)中間子は、アイソスピンがゼロの別の粒子、ということになる。

2020年12月20日日曜日

中間子はクォークの束縛状態、ではないかも

 陽子や中性子、それにさまざまな中間子はクォークがつくる束縛状態だと言われる。中間子は水素原子のようなもので、クォークと反クォークがお互いに引力を及ぼしあってくっついている。実際、そういうものだと思って量子力学の問題を解いてみると、中間子のスペクトルをある程度再現することができる。特に、比較的重いチャーム・クォークやボトム・クォークがつくる束縛状態のエネルギー準位は、現実のものをかなりよく再現できる。一方で、こういう見方ではまるでうまくいかないものもあって、その一つがパイ中間子だ。パイ中間子は、クォークがもっている(と想定される)質量よりも軽いので、束縛状態と考えるのはそもそもかなり無理がある。パイ中間子が軽い理由は自発的対称性の破れであって、束縛状態だというのは間違いないが、それほど単純な話ではない。(クォークがどうなってパイ中間子を作っているのかについては、しばらく前に少し詳しく紹介した。)

クォークの束縛状態を考えていてはわからなくなる問題がほかにもある。パイ中間子の仲間なのに、ずいぶん重いη’(エータ・プライムと読む)という中間子だ。スピンやパリティといった性質はパイ中間子と同じなので、同じように軽くなってもよさそうだがそうではなく、実際には7倍ほど重い。この粒子の特徴は、同じ種類のクォークと反クォークが入っていて、それらがお互いに対消滅することができるという点にある。パイ中間子では、例えばアップ・クォークと反ダウン・クォークというように、種類の違うクォークが組になっているので粒子と反粒子が出会って消えてしまうということは起こらないが、エータ・プライム中間子のなかではそれが起こる。そのときに残されるのは背景ゲージ場の塊で、グルーオンの塊と呼んでもよい。そういうのができて、またすぐにクォーク・反クォーク対を生成する。そういうことが内部で起きていると思われる。水素原子のような束縛状態とはずいぶん違うというのを想像していただけるだろうか。ここにはまた量子異常やインスタントンといったややこしい話がかかわってくるのだが、それはまたいずれ。

こういう状態を格子QCDで計算するというのは、またやっかいな話になる。格子QCD計算のなかで基本になるのは、背景ゲージ場のなかを伝わっていくクォークの場なのだが、エータ・プライム中間子の場合には、クォーク場が直接伝わっていくのではなく、それが反クォークと一緒に消えて、さらにまたクォーク場と反クォーク場を作り出すというややこしいプロセスを経る。反クォークの場というのは、クォーク場と同じもので時間を逆向きに伝わるものと考えればよいので、これはちょうど、ある点から伝わっていくクォーク場がまた元に戻ってくるのに相当する。さらにまた空間のどこかで勝手に生まれたクォークと反クォークの場が別の点にまで伝わっていく。これが何度も起こる。こういうのを計算しないといけない。おかげで、エータ・プライム中間子の計算は、パイ中間子よりもはるかに時間がかかる大変な話になる。そして、出てきた結果も誤差が大きい。ここではなかなか精密計算と呼べる段階にまでは到達しそうもない。

このようにクォークが途中で反クォークと出会って対消滅するような過程は、他にもいろんなところで起こり、そこではクォークの束縛状態と考えるとうまくいかないことが多い。量子色力学の特徴とも言えるこういう状態は、格子QCD計算にとっても難問だ。この話を長々としてきたのは、これがK中間子崩壊にもあてはまるせいだ。次回はそのことを紹介してみたい。

2020年12月19日土曜日

箱の大きさが状態を決める

大学で物理学を学んだときに最初に感動したのはネーターの定理だった。空間を並行移動したときに物理法則が変わらないことを要求すると運動量の保存則が導かれる。時間を並行移動からはエネルギーの保存則が得られる。それまではそういうものだと思っていた法則が、より基本的な性質から導出されるのは感動的ですらある。こういうところから物理学にはまった人は多いのではないか。

格子QCD計算では、そもそも定式化の一番初めに虚時間を導入する。おかげで通常の意味でのエネルギーの保存則が成り立たなくなってしまうという話をした。K中間子の崩壊を計算しようとするとき、これが問題になる。なぜなら、崩壊で出てくる2つのパイ中間子は、エネルギーの保存則を満たすような運動量をもつペアではなく、むしろ運動量がゼロ、そして全体のエネルギーが小さいものが出てきてしまうからだ。そんなものを計算したいわけではない。逆に、ちょうどいいエネルギーをもつ状態だけを取り出そうとしてもフーリエ解析ができないので難しい。これも虚時間のせいだ。

ではどうするのか。実際にK中間子崩壊の計算を成功させたグループがやったのは、パイ中間子にうまい境界条件を与えることだった。計算できる格子の体積は有限なので、通常は周期的境界条件、つまり格子の端っこまで行くと反対の端っこにつながっているような箱を考える。もちろんこれでは現実の世界とは異なるので、最終的には体積を大きくする極限を取らないといけない。あとでそれはやることにして、当面は周期的境界条件をとる。こういう有限の箱の中では、波の波長に制限ができる。ちょうど箱全体の長さに相当する波長、その半分の波長、3分の1の波長、という具合に、決まった波長の波しか許されない。量子力学にでてくる波動関数の波長は運動量の逆数に関係している(その比例定数がプランク定数)ので、これは決まった運動量しか許されないことを意味する。だから、箱の中のパイ中間子には、箱の大きさで決まるある単位で0、1、2、... の運動量だけが許される。この境界条件だと運動量ゼロの状態が許されているが、もしうまい境界条件、例えば箱の端っこが反対の端っこに逆向き(つまりマイナス1をかけて)つながっているような境界条件をとると、今度は運動量ゼロは許されず、1/2, 3/2, 5/2, ... の運動量をもつようにすることができる。こうしておくと、そもそも運動量ゼロの状態は存在できない。こういう制限をつけた上で、箱の大きさを調節して、この最低運動量がちょうどK中間子崩壊で出てくるパイ中間子と同じになるようにしておく。これなら計算して出てきた状態が欲しい状態になっている。こういうトリックを使ったのだった。

これはいつでも使えるトリックではない。K中間子崩壊の計算に専用の格子を作る必要があるし、その体積がむやみに大きかったり小さかったりしてはいけない。たまたまK中間子崩壊がちょうどいい運動量のパイ中間子を生成するのがミソだったりする。例えば、B中間子の崩壊を考えてみよう。B中間子もパイ中間子2個に崩壊することがある。実際、この崩壊もCP対称性の破れを考える上で便利なので、詳しく調べてみたい現象の一つだ。ところが、B中間子はK中間子よりも10倍重いので、エネルギーの保存則を満たすために、出てくるパイ中間子の運動量はずいぶん大きくなる。この運動量に合わせるような格子を用意しようと思うとずいぶん小さい箱になってしまって、そこにはそもそもB中間子が入らない。これでは話にならないのでこのやり方は使えない。B中間子崩壊で出てくるパイ中間子2個の状態には、それよりエネルギーが低い状態が無数にあるので、そこから欲しい状態だけを取り出すのはほぼ不可能だ。こういう事情で、B中間子のパイ中間子2個への崩壊の計算は当分実現しそうにない。日本でやっているBファクトリー実験で測定されている現象なのに、対応する計算ができないのは残念なことだが。

2020年12月5日土曜日

ゴミ箱を広げてみると...

研究というものは、うまくいくことはほとんどない。だからよい結果が出なくても悲観しなくてもいい。学生さんたちにはそう言うことにしている。でも私自身が内心がっかりしているのが顔に出ているかもしれない。

何かをやってみようというとき、「これができたらすごい」とか「誰もやってないし、いまやったら画期的」とかいろいろ想像して、ついでに論文がアクセプトされたりセミナーに招かれて称賛されるところまで想像して研究を始めたりする。それが翌日には、ただの勘違いだったり、全然うまくいかなかったりするのもいつものことだ。あたりまえの話で、自分が天才でない以上、ちょっと考えてできるようなことはとっくに誰かがやっていて、残った問題は重箱の隅にあるどうでもいい問題か、どうしようもない難問ばかりだ。そんななかで自分の特色を出していかないといけない。研究を職業にするのはつらい話ではある。(ついでながら、翌日に気づくというのは賢い証拠(!)で、これが翌週だったり翌月だったりすると、研究は全然進捗しないということになる。それでは商売にならない。)

虚時間を導入して得られた格子QCDのデータは、時間とともに複素位相が回転する本来の波動関数ではなく、時間とともに減衰する波動関数だ。そこから読み取ることのできる情報は、まずはエネルギー最低の状態。これは十分に時間がたつと他の状態はすべて先に減衰してなくなるので自然と得られる。では、他には? 本当ならこの波動関数はいろんな状態の重ね合わせでできていて、うまくやればどんな状態がどれだけ入っているか読み取れるはずだ。そう、原理的には。その情報は減衰の速さの中にすべて畳み込まれている。減衰の速さの微妙な違いを仕分けることができれば、エネルギースペクトルが得られる。

というのは、もちろん最初から誰もがわかっていた。だからもう30年前とかに試してみた人もいる。数学的には簡単な話だ。スペクトル(ある決まったエネルギーをもつ状態の数)を求めるには、いろんな異なる時刻の波動関数を足したり引いたりすればいい。うまい組み合わせを作ると、ちょうど望みの減衰率をもつ状態を取り出すことはできる。やってみると、異なる時刻の差によって100万1ー100万=1を求めるような、とんでもない相殺のあげく結果が得られることがわかる。もともとあったデータにも誤差(ノイズ)があるので、これではまともな答えは得られない。だからこの問題は忘れ去られた。

ところが、こういう難しい問題には、いろんな人が違う角度からチャレンジするもので、何度も取り上げられてきた。一番簡単なのは、減衰率が異なる状態が2つとか3つとかあると思って関数を作り、データにあてはめて減衰率(つまりエネルギー)を求めるやり方だ。これはそれなりにうまくいく。問題は、こうして得られたエネルギーと実際のスペクトルが対応している保証がないことだ。該当するエネルギーの近くには、本当はいくつも状態が隠れていて、それらをまとめたものがたまたま得られただけかもしれない。実際、予想されるエネルギーとは全然違う結果が得られることは多く、それどころかやるたびに結果が変わることすらある。結局、こうして得られた励起状態のエネルギーは「ゴミ箱」と呼ばれて、いろんなゴミを詰め込んだものがわかっただけだ、ということになるのが普通だ。

他にもいろんなやり方が「発明」された。最大エントロピー法とか、ベイズ統計にもとづく方法は、統計的にはこうなるべきだ、という知識(というか願望)をインプットして、データのあてはめを手助けする。そうして得られた結果はある程度もっともらしく見えることもあって、そこから何らかの予言を引き出そうという話につながる。ただし、正しいことが保証されているわけではないのに加えて、ナンセンスな結果が得られることもあって、解決策というにはほど遠い。そもそも、真の情報を得るには大きな相殺を必要とし、それはノイズで埋もれている以上、もともとそこに存在しない情報を引き出そうとしていると考えるべきなのかもしれない。

ではどうするのか。他にもいろんな方法が提案されては、それらの良し悪しが議論され、そのためのワークショップが開催されたりしている。今後もそういう状況が続くだろう。私の感覚では、これは実りのない作業だ。そもそも手にしているデータに、欲しい情報は含まれていない。むしろ残った情報からどんな有用な結論を導けるかを考えた方がよい。(もちろん、私の言うことなので間違っている可能性は大いにある。どこかに画期的なアイデアはないかなあ。)

間違った方向に進んできたのか?

なぜ時間があるのか? なぜ時間は1次元だけなのか? 物理学を学び始めた人はこういう問いをもつことがあるかもしれない。特殊相対性理論まで学ぶとなおさらだ。時間と空間は単純に分離できるものではなくからみあっている。そのからみ方は、時間だけを虚数にとってみると、ちょうど空間をそのまま4次元に拡張したときの(4次元の)回転対称性を見ているかのようだ。もともとすべてが空間だけだったら、いろんな物理法則はもっとすっきりして見える。

現在の格子QCD計算の抱える問題の多くは、理論のなかの時間を虚数に取ったところに根っこがある。そうすることで、4次元の回転対称性で理論が簡単になるだけでなく、モンテカルロ法による数値計算が可能になるという決定的なメリットがあってやっていることなので、一概に問題というわけではない。それに、複素関数の解析性という魔法のような性質があるおかげで、虚数だった時間を実数に戻すことは原理的にはできる。「原理的には」というのは便利な言葉で、すべてが完璧だったときというあり得ない想定の話をしている。つまり、格子間隔をゼロにとる極限が無限によい精度で得られたという想定だ。解析関数が変数の実軸上であたえられたら複素平面上に拡張していくことができるので、虚軸上での値もわかり、つまりこれが実時間に相当する。もちろんこれは関数が連続的に、かつ厳密にわかっているときにできるのであって、数値計算を必要とする格子QCDでは望むべくもない。そこからいろんな問題が出てくる。理論の一番基礎になるところが問題なので、根本的に解決するにはすべてを基礎から作り直すしかない。だから量子計算だ、という話になるのだが、道ははるかに遠く、QCDの計算に使えるのはいつになるか見当もつかない。

虚時間の何がそんなにいけないのか、少し考えてみよう。量子力学では、波動関数の時間発展は複素数の位相回転としてあらわされる。回転の速さは、その波動関数があらわす状態のエネルギーに比例する。だから、決まったエネルギーをもった状態なら話は簡単で、決まった速さで位相がくるくる回るわけだ。だが、量子力学では複数の状態が重ね合わせになって同時に存在することができる。そのときの波動関数は複数の波動関数の和であらわされる。複数の状態が別々のエネルギーをもっていると、時間発展による位相の回転は状態ごとに別の速さになるので、位相の回転がそろわず、ちょうど波のうねりのように互いに強めあったり打ち消しあったりを繰り返す。さらに状態の数を増やすともっとめちゃくちゃになり、最終的には無限個の状態を重ね合わせるので、もはや位相の回転なのかどうかすらよくわからなくなるだろう。

こういうめちゃくちゃな時間発展が与えられたときに、個別のエネルギーを抜き出すにはフーリエ解析という手法を使えばよい。音を周波数ごとに分離したり、光を波長ごとに分離するのと同じ話だ。知りたい周波数の波を重ね合わせて共鳴する部分を取り出す。十分に長い時間にわたって波動関数がわかっていれば、これは必ずできる。

問題はこれが虚時間になったときだ。以前にも一度説明したが、虚時間では複素数の位相回転は起こらない。波動関数の位相は動かず、ただ減衰するのみ。その減衰の速さがエネルギーに比例する。エネルギーの高い状態は速く減衰し、低い状態はなかなか減衰せず残る。格子QCDで得られる波動関数とはこういうものだ。ここから個別のエネルギーの状態を抜き出すにはどうすればいいだろうか。フーリエ解析のように波を重ね合わせて共鳴を調べるのでは無理だ。そもそも、エネルギーが少しだけ異なる状態は減衰の速さが少し違うだけなので、重ね合わせてしまうと分離するのはもはや困難だ。唯一可能なのは、エネルギーのもっとも低い状態を取り出すこと。減衰がもっとも遅いので、長い時間待っていれば他の状態がすべてなくなって、エネルギーの低い状態だけが残る。格子QCD計算でやっているのは主にこういうことだ。

それの何が問題なのか。もう一度 K中間子の崩壊を考えてみよう。パイ中間子2個に壊れる。パイ中間子2個ができて互いに逆方向に勢いよく飛び出していくとき、そのエネルギーの合計が元の K中間子の質量に相当する値になっている。エネルギーの保存則だ。ところが、虚時間ではエネルギーの保存則というものはない。おかげで、いろんなエネルギーの状態が全部出てくる。その中には現実の場合よりもパイ中間子のもつ運動量が小さく、そのエネルギーの合計が K中間子の質量よりも小さいものもある。極端な話、できた2個のパイ中間子が運動量を持たない、つまり静止していることも可能で、この状態がもっとも小さなエネルギーをもつ。格子計算は、これを含むいろんな状態がすべて現れることになる。その中からエネルギーがちょうど K中間子の質量に等しいものを選び出すことができれば、現実の K中間子崩壊を計算したことになるのだが、さっきも言ったように、これが難しい。エネルギー最低の状態に埋もれてしまい、必要なものが見えなくなってしまうからだ。

2020年11月29日日曜日

ハンデを武器に変える

大学で量子力学を学んだとき、それまでなじみのなかった交換関係とか、波動関数とか、球面調和関数とか、初めて見る数式を追うのに精一杯でなかなかイメージをもつことができなかった。後半に出てくる散乱問題まで来るともう飽和状態で、なんでこんな面倒なことをやらないといけないのかと思ったのを覚えている。よく考えたら素粒子の実験というのはほとんどが散乱問題なので、そこからが本番だったわけだ。

格子QCDでは、クォークの波をシミュレーションして中間子の性質を調べることができる。パイ中間子の質量を計算するというのは、大学院生が最初に練習するもっとも簡単な課題だ。シミュレーションのデータは無味乾燥な数値の羅列だが、その背後に何があるのかについて、これまであれこれと説明を試みてきた。ここからは、パイ中間子を2個置いたときの相互作用をどうやって計算するかという話をしてみたい。

量子力学で2つの粒子の間に力がはたらくときは、両方の粒子を含む波動関数を求めよという話になる。話を簡単にするために、両者が遠く離れたときにはそれぞれが独立な1つの粒子の状態になっていると思うことにしよう。両者が近づいてくると相互に散乱し、また飛び去っていってそれぞれの1粒子の状態にもどる。「状態」というのは何らかの波動関数のことで、例えば運動量が決まった値をとる1粒子の状態は決まった波数をもつ平面波に他ならない。だから、いまの問題は平面波がやってきて、また別の平面波になって遠ざかる様子を調べることだ。(2つの粒子を考えているが、当面は両者の相対的な運動を考えることにして、一つだけの変数の波動関数であらわすことにしよう。)何も起こらないときは、入ってきた平面波と出ていく平面波は同じものになる。もし相互作用があったら、波の伝わる向きが変わることもあるだろうし、もうひとつ重要なことに、波の位相がずれることもあるだろう。こういうのを位相差といって、量子力学で散乱問題を扱うときの基本的な概念になる。

波の位相がずれるとはどういうことだろうか。規則正しく同じ周期で波打ってきたものが、粒子(あるいは波)同士が近づいたとき、相互作用があるせいで周期が長くなったり短くなったりする。また離れると周期も元に戻るが、しばらくのあいだ周期が変わったおかげで、何もなく通り過ぎたときと比べて波の山と谷の位置がずれることになる。これこそが相互作用の結果で、散乱の様子を調べるということは、すなわち位相差を調べることと言ってもよい。

なるほど。では、格子QCDのシミュレーションでも同じように遠くからやってくる平面波を用意して、もう一つの粒子と相互作用し、また遠くに離れていく波を計算してみればよいのではないか。もちろんそれができればいいのだが、そうもいかない事情もある。シミュレーションで扱うことのできる格子は無限に大きいわけではないので、「遠くからやってくる平面波」というのを用意することは無理な相談だ。そもそも、平面波というのは初めから空間全体に広がっているもので、遠くも近くもない。だから、さっきまでの議論は仮想的な無限遠があると思ったときの話で、現実にはそうはいかないのだ。一つの格子のなかに2つのパイ中間子をつくって飛ばしてみると、格子のなかのあちらこちらで勝手に相互作用を始めてしまうので、散乱を扱っているのかどうかすらよくわからなくなる。 

ではどうするか。ここで一つ巧妙なテクニックを使う。格子が有限の大きさの箱であることを使うのだ。通常、有限の箱のなかにクォークを閉じこめるときには、周期的境界条件といって、箱の端っこは反対側の端っことつながっていることにする。1次元だったら円環状のひも、2次元だったらドーナツの表面みたいな感じだが、実際には4次元の箱を考えてほしい。こうして端と端がつながった箱のなかでクォークの波や中間子の波を考えるわけだが、一周したら元に戻ってこないといけないので、波の波長に制限が加わる。箱の長さの整数分の1になっていないといけないということだ。だから、実現できる1個のパイ中間子の状態は、決まったとびとびの波長をもつものだけになる。波長を決めるとその状態の運動量が決まり、運動量が決まるとその状態のもつエネルギーが決まる。つまり、箱の中ではとびとびのエネルギーをもつ状態だけが許されることになる。

2つのパイ中間子を箱の中に入れたらどうなるだろうか。それぞれが周期的境界条件にしたがうので、やはり同じように決まった運動量の状態、そして決まったエネルギーだけが許されるだろう。全体のエネルギーは、パイ中間子1個のときのちょうど2倍になるのではないか。ただし、この箱のなかの2つのパイ中間子の間には相互作用がある。シミュレーションでは、それは勝手に起こるので止めるわけにはいかない。相互作用があると、位相差が生じる。波の位相がずれるとどうなるか、箱の端まで行ったときに箱の反対側の波ときれいにつながらなくなるではないか。だからこの状態はもはや存在できない。その代わりに、もともとの波長が少しだけ違っていて、位相差があるおかげでちょうどうまく端と端がつながるような波だってあるだろう。この波は、もともとあったパイ中間子1個のエネルギーのちょうど2倍とは少しだけずれたエネルギーをもつはずだ。このエネルギーの差は相互作用の結果として生ずる。

パイ中間子2個を一つの箱の中に入れ、そのエネルギーがパイ中間子1個のエネルギーの2倍からずれてきたら、それが相互作用の存在、そして位相差を反映している。このことを使えば、エネルギーの差を読み取ることで、逆に位相差を計算できることになる。位相差が計算できたら、それはつまり粒子の散乱を計算できたことと同じだ。

有限の箱のなかで計算しないといけないという欠点を逆手にとって、有用な情報を引き出すことができる。30年ほど前に提案されたこの方法は、格子QCDシミュレーションで実際に使うにはあまりに複雑で、かつ精密な計算を必要とするので、本当に役に立つのか当初は疑問に思ったが、いまでは標準的は方法として使われている。それどころか粒子3個を一つの箱の中に入れたときにどうなるかを考えている人もいる。あまりに複雑で使えそうもない気がするが、さて。

2020年11月21日土曜日

パイ中間子を2つ

核力を媒介する粒子ということで湯川秀樹が予言したパイ中間子。宇宙線のなかからそれを見つけたのはセシル・パウエル、戦後まもなくの1946年のこと。というのは何となく学んで知っていたが、パウエルの元で働いて主要な貢献をしたのはブラジル人のセザール・ラッテスだった。実際、発表論文の筆頭著者はラッテスになっているそうだ。ブラジル人のポスドクが教えてくれた。

いまとなっては、パイ中間子は力を媒介する粒子というよりも、クォークと反クォークがくっついてできた数多くある中間子の一つだ。陽子・中性子の間にはたらく力は、クォークとグルーオンが複雑にからみあってできているので、湯川が考えたよりも本当ははるかにややこしい。クォークは一つだけが陽子の外に出てくることはないし、グルーオンもそうなので、そもそも核子(陽子と中性子のこと)の間の力は、両者が接するくらいぎりぎりまで近づかないとほとんどはたらかない。核子の半径は1フェムト・メートル(原子の大きさよりもさらに5桁小さい)くらいで、原子核の中での核子間の距離はその2、3割大きい程度なので、原子核の中では核子同士が実際にぎりぎりに近づいて、くっつきあったお団子のような状態になっている。これくらい短距離での核力を考えるときに、パイ中間子をやりとりしているというのは、なかなかイメージしづらい。そもそもパイ中間子も1フェムト・メートル弱の大きさをもっているので、小さな粒子をやりとりするというよりも、全体を覆う雲のような存在だと思ったほうが実態に近いのだと思う。

さて、それでもとにかく核子の間には核力がはたらく。その実体は、核子の中にいるクォークやグルーオンの交換だ。陽子と中性子がごく近くにいたとしよう。陽子の中の、例えばアップ・クォークを相手の中性子に渡して、代わりにダウン・クォークをもらったとする。すると陽子は中性子に変わるが、相手側の中性子はダウン・クォークを手放してアップ・クォークをもらうので陽子に変わる。結局、陽子と中性子というペアであることに変わりないが、こうしてクォークを交換するときのエネルギーが、何もしないときよりも小さくなるなら両者には引力がはたらくことになる。近づいたほうがエネルギー的に得になるからだ。逆にクォーク交換でエネルギーを余計に必要とするようだと斥力がはたらく、つまり近づきたがらない。おおざっぱに言うと、これが核力がはたらく仕組みだ。クォークを一つずつ交換するというこの様子は、まるで中間子が飛んでいるように見えるので、湯川の考えた核力は、クォーク交換のある種の近似になっている。

核力がはたらくのは核子の間だけではない。中間子の間でもはたらく。中間子のなかにもクォークがあるので、それらを交換することができるだろう。ほかにもグルーオンを交換することだってある(核子の場合だってそうだ)。だから、パイ中間子が2個あると、それらの間でもちゃんと核力がはたらくわけだ。

何をくどくど言っているのかと思われるだろう。これから考えてみたいのは、K中間子が2つのパイ中間子に壊れる過程だ。これは、ストレンジ・クォークが、弱い相互作用を通じてアップ・クォークとダウン・クォーク、反アップ・クォークの3つに分かれてしまったときに起こる複雑な過程で、その周囲にはいっぱいグルーオンがまとわりついている。こんなややこしい過程を計算する上で前提になるのは、そもそも出てきたパイ中間子2個の状態をちゃんと理解できることだ。両者のあいだには核力がはたらいている。この状態を格子QCDでシミュレーションするにはどうすればいいだろうか。

2020年11月14日土曜日

沈殿か、沸騰か

南部陽一郎は一般向けの著書『クォーク』のなかで自発的対称性の破れについて解説し、真空にクォークが沈殿する、と語った。(私の記憶に頼って書いているので要確認。)クォークがそこら中にたまっているのがこの宇宙の真空だという。真空という言葉がいけないのかもしれない。どうしてもなにもない空っぽというイメージをもってしまうが、そうではない。本当の問題は、あらゆる状態のなかでエネルギーが最低になるものはどれか、ということだ。エネルギーがそれ以上下がらないので、そこからはもうエネルギーをくみとることはできない。たとえそこにクォークが沈殿していたとしても。

前回まで話してきたことは、クォークの「沈殿」とはずいぶん話が違うようだ。グルーオンの背景場のなかには空間にからみついたものがあり(インスタントンと呼ばれる)、クォークはそこを通るときにはエネルギーのペナルティを払わなくてよい。そういうのが空間のいたるところにあると、クォークはインスタントンの島を渡りながら遠くまで飛ぶことができる。ただし、実際の粒子として遠くまで飛ぶ、つまり軽いものはパイ中間子だけで、他はそうはいかない。クォークと反クォークが別の島を探して飛び移る必要があるので、どうしてもペナルティを受け、遠くまで飛べない。つまり重くなってしまう。そういう話だった。空間にはインスタントンがいっぱい沸いては消える。どちらかというと沸騰しているかのようだ。

実は、この両者は同じことを表している。量子色力学(QCD)ではグルーオンの背景場が重要になるのだが、その効果をすべてならして(平均して)しまうと、クォークが沈殿しているという解釈もなりたつ。沸騰するグルーオン場の個別の様子が細かすぎて見えないほど遠くからみればそうなるということだ。こういう平均化の操作は、物理学ではしばしばあらわれる。すべてを細かくみなくても、全体をざっくりと見てまず理解するというのが有効だからだ。

さて、沸騰するグルーオン場の様子は、実のところ理論的に計算するのが非常に難しい。だから、ここまで話してきた解釈は、もっともらしい「お話」でしかなく、それで何かを計算できるわけではない。実際に計算するには数値シミュレーションが必要になる。それが格子QCDシミュレーションだ。シミュレーションをやってみると、グルーオンが沸騰するようすが確かに再現される。ただし、見つかったのは想定されていたようにきれいに巻きついたインスタントンではなく、もっとぐちゃぐちゃで、それでもよく調べてみると空間に巻きついているような何かだ。そういうのが空間を埋めつくす。沸騰といっても、相当温度が高くてぐらぐら煮えたぎった状態を想像してほしい。こうした「めちゃくちゃ」は実のところ必要なことでもある。クォークの閉じ込めはランダムなグルーオン背景場がもたらすという話を以前にしたことがある。 整然としたきれいなインスタントンだけではそうはならない。

シミュレーションを使えば、こうしためちゃくちゃに見えるグルーオン場のなかにどれだけ「巻きつき」が隠れているかを数え、その大きさを定量的に調べることもできる。この数が、自発的対称性の破れの大きさを与えることになる。こうして得られた結果は、さまざまな実験データから導かれる評価とよく一致している。現在ではむしろ、シミュレーションこそが量子色力学の真空の様子をもっとも正確に、精密に調べる手段になっている。いくら実験をくりかえしてもわからないことも、シミュレーションなら手に取るように調べることができるわけだ。

沸騰するグルーオン場の海を飄々とすりぬけていくクォーク。しかし決して単独であらわれることはない。その背景を想像していただけただろうか。

2020年11月7日土曜日

クォークのケン、ケン、パ!

週末に外を散歩していたら、道路にチョークで「ケン・ケン・パ」の丸がいくつも書いてあることがある。近頃は子供もオリジナリティを増していて、単なる丸ではなく、花や女の子など、いろんな絵がカラフルに描かれている。道路いっぱいに描かれた絵も時間が経って雨が降ると消えるのが残念だ。

クォーク場が拡がるとき、空間に巻きついたインスタントンに出会うと、すっと吸い込まれてスピンの向きを変えて出てくる。必要なエネルギーはゼロなので、何もロスなしに拡がることができる。そういう話だった。では、もしインスタントンがそこら中にいっぱいあったらどうなるだろうか? クォークはインスタントンと反インスタントンがばらまかれた空間を、上手にインスタントンを渡り歩きながらどんどん遠くまでロスなしに伝わることができるだろう。遠くまで減衰することなく伝わる場。つまり、それに対応する粒子は軽いことを意味する。これこそが、クォークの立場で見た「パイ中間子が軽い理由」だ。

しかし、まだわからないことがある。なぜパイ中間子だけが軽いのか。クォークがインスタントンを渡り歩くだけなら、クォーク自体が軽く、それからできる中間子はすべて軽くならないとおかしい。この疑問に対する解答は、スピンにある。インスタントンを同時に通り抜けられるのは、クォークの種類1つにつき1個だけ。しかも、右巻きのクォークか左巻きの反クォークのどちらかだけが通ることができる。(反インスタントンはその逆。)つまり、クォークが通過中は同種類の反クォークが通ることはできない。かつ、クォークと反クォークでは受け付けるスピンの向きが逆であることに注意しよう。だから、一つのインスタントンを揃って通り抜けられるのは、例えば右巻きのアップ・クォークと左巻きのダウン・クォーク、ということになる。これはちょうど荷電パイ中間子に相当する。クォークと反クォークのスピンが逆向きになっているので、パイ中間子のスピンはゼロだ。この組み合わせなら、クォークと反クォークはそろってインスタントンの間をどこまでも飛び移っていくことができる。軽いパイ中間子のできあがり、ということになる。

もう一つ、ロー(ρ)中間子というのがある。これはスピン1をもつ中間子で、クォークと反クォークのスピンがそろっている。この場合、かわいそうにクォークと反クォークは同じインスタントンを経由することはできず、一度別れて別々のインスタントンと反インスタントンを探して通り、また出会う必要がある。これは中間子にとっては相当のペナルティになる。そういうわけで、ロー中間子はずいぶん重くなってしまうわけだ。

どうだろう。自発的対称性の破れの背後には、こういう仕組みが働いているらしい。これならクォークの気持ちになって理解できた気がしないだろうか。残る問題は、実際にこういうインスタントンはこんなふうに空間に散らばっているかどうか、ということになる。


2020年11月3日火曜日

何もない空間に巻きついて

グーグルで検索すればあらゆるものが見つかる。それは幻想だった。アティア・シンガーの指数定理。幾何と解析を結びつけたと言われる数学の超重要定理は、読んだだけでは何のことかさっぱりわからない。すぐにピンとくる直感的な説明がきっとどこかにあるかと思って探してみたが、全然見つからない。むしろ、想像もできないようなことが証明できてしまうところが数学のすごいところなのかもしれない。

グルーオン場は単なる波だけでなく、4次元空間に巻きついているものがある。一度巻きついたものは容易にはほどけない。ありうるのは逆向きに巻きついたものと出会って互いに消えるときだけだ。こういう巻きついたもののなかで一番単純なものがインスタントンと呼ばれる。実際にはそれだけでなく、広い空間には、巻きついたインスタントンがいくつも生まれ、逆向きに巻きついた反インスタントンもいくつもあり、さらにその周りはめちゃくちゃに揺らぐグルーオン場で満たされる。ランダムに揺らいでいると思っていたグルーオンの背景場には、ランダムなだけではない秘密があるのだ。 

こうして巻きついたグルーオン場があるとき、そこを飛ぶクォークには何が起こるか。それが問題だ。ここに、アティア・シンガーの指数定理が登場する。この定理が教えてくれるのは、巻きついたグルーオン場があると、そこには必ずエネルギーがゼロのクォーク場が存在するというものだ。山あり谷ありのグルーオン場の中を拡がるクォーク場は、普通なら何もない平坦な場所を進むより進みにくい、つまり余計なエネルギーを必要とするはずだ。ここに一つだけ例外があって、それが空間に巻きついた背景場というわけだ。クォークは、空間にできた渦の上では余計なエネルギーをつかうことなく存在できる。これが、軽いパイ中間子を生む秘密につながる。

もう少し詳しく話そう。クォーク場が拡がっていくときにインスタントンに出会ったとする。右巻きのスピンをもつクォーク場がインスタントンに出会うと、何しろエネルギーゼロなので簡単に吸い込まれて、なぜか左巻きスピンのクォークを吐き出す。右巻きを吸って左巻きを吐くという性質は、インスタントンの巻きつく向きによって変わる。つまり、反インスタントンなら左巻きを吸って右巻きを吐く。右巻きと左巻きを入れ替えるこの性質は、「カイラル対称性の破れ」と呼ばれる。クォーク場は、通常のグルーオン場の中を拡がっているときは右巻きは右巻きのまま、左巻きは左巻きのままだが、インスタントンがあるときだけスピンの向きを変えることができるわけだ。実は、これがクォークが質量をもつ仕組みなのだが、ここではパイ中間子が軽い理由を話すんだった。次回はそこに進もう。

2020年11月1日日曜日

トポロジカル ... ?

もう10年以上も前になるだろうか、ノーベル賞を期待されながら惜しくも亡くなられた外村彰先生が、日立製作所の中央研究所にセミナーに呼んでくださったことがある。量子色力学の数値シミュレーションでゲージ場の様子を調べるという研究をしていたので、もしかしたらご自分の研究と関係あるかもと思ってくださったのかもしれない。外村先生は電磁気学のベクトルポテンシャルが実在することを電子顕微鏡で実際に示す実験をなさった。量子色力学もゲージ理論という意味では親戚なので、同じことができるかもと思われたのかもしれない。残念ながらそうはいかなかった。

パイ中間子が軽いのは、自発的対称性の破れのせいだ。それはいい。でも、クォークの立場で見ると何がどうなっているのだろうか。クォークは、グルーオンがつくるでこぼこの地形のなかを拡がっていくという話をした。だから、クォークが軽くなったり重くなったりするのは、背景のグルーオン場に原因があるに違いない。ただし、軽くなるのはパイ中間子だけで、他の中間子や陽子・中性子は重いままだ。クォークにいたっては単独で出てこられないので軽いも重いもない。いったいどうなっているのか。これには実は深い話がある。それを説明するには、まずはグルーオンのつくるトポロジーの話をしないといけない。

これまで触れずにきたが、クォークは「色」という自由度をもっている。赤、青、緑を自由な濃さ(ただし複素数)で組み合わせることができる、ある種の3次元的な内部自由度をもっていると考えればよい。これに対応して、グルーオンはクォークの色を自由にかき混ぜる役割をもつ。グルーオン場の上をクォークが通り過ぎると、その色がかき混ぜられる。色の混ぜ方を一般的にあらわすと8つの自由度に相当する。だから、8つの連続的な自由度をもつ内部空間が、空間の各点ごとに隠れているというわけだ。しかもこの内部空間はまるで球面のように閉じた構造をもつ。球面は2次元だが、ここでは8次元あると想像してほしい。相当複雑だが、それでも球面のようなものを想像しておけばよい。

それがトポロジーとどう関係あるのか。8次元を同時に考えるとややこしいので、簡単な例で想像してみることにしよう。内部自由度が1次元で、それが閉じて円周になっている場合を考える。 こういうのが2次元平面にびっしりと敷かれていると考えよう。方位磁針を机の上に隙間なく並べたようなものだ。針の向きはてんでばらばらのときもあれば、みんなが同じ向きになることもあるだろう。実際には方位磁針は連続的に敷きつめられていて、隣の針から大きくずれることは許されないとしよう。そうすると針の動きが波のように平面を伝わっていくこともあるだろう。物性の世界ではこういうのをマグノンと呼んだりする。

ひとつのおもしろい可能性は、この平面の上から棒磁石のS極を近づけたときに起こる。赤い矢印は磁力を感じていっせいにこの磁石のほうを向き、全体を見ると針が放射状に分布するだろう。これはただの波ではない。どこが違うかを調べるために、棒磁石を近づけた場所を中心に、ぐるっと輪を描いて一周してみよう。針がどちらを向いているかを注意しながら一周すると、針の向きも一回転して元に戻ることがわかる。一方で棒磁石の周りを回らずに別の場所で一周しても、針の向きは一回転しないで元に戻る。中心があるかどうかはこうして調べることができる。こうしていったん中心ができてしまうと、針を連続的に動かしてこの一回転を取り消すことはできない。中心がある場合とない場合は、このように明確に区別される。こういうのを数学の言葉でトポロジカルに異なる、と言う。

話が長くなってしまった。グルーオン場に戻ろう。グルーオン場は8次元の自由度をもっている。住んでいる空間は4次元だ。この場合も、同じようにどこかに中心があるかのようなグルーオン場をつくることができる。これは単なる波ではない。どこかに中心があって決してほどけないような、トポロジカルなグルーオンだ。誰が呼んだか、こういうのをインスタントンと呼ぶ。日本語では「瞬間子」だろうか。中心があって、ある瞬間に生まれてまたすぐに消えるからそう呼ばれるのだろう。まるで一つの素粒子のような名前だが、決して実際に観測されることはない。

グルーオン場は単に波打っているだけでなく、このように空間に「巻きつく」こともある。だからどうしたと思われるだろう。それはまた次回にしよう。

2020年10月27日火曜日

パイ中間子はなぜ軽いのか

素粒子物理と原子核物理の境目はどこにあるのだろう。学問に境界はない、わざわざ境界を設けるとはけしからんというお叱りを受けそうだが、 そういう人でも、予算や人事の話になると「我々の分野はXXで極めて重要」とか言い始めたりする。だから、この境目は学問分野というよりも政治力学や人の好き嫌いによって決まっているという気がしないでもない。それはいい。とにかくもっとも素直に考えると、素粒子物理はクォークを出発点と考えるのに対して、原子核物理は陽子・中性子を基本自由度と考えて、それらを組み合わせてできるいろんな原子核の性質を調べるという点で区別されるのではないか。クォークは閉じ込められて陽子・中性子の外には出てこないので、ここには大きな断絶があって、だから陽子・中性子を基本自由度に取るのは理にかなっている。最近は、原子核物理もクォークを出発点とした理解を目指す、というところまで進歩している。それどころか、高温で陽子・中性子が溶けてしまったクォーク・グルーオン・プラズマを調べているのは主に原子核分野の人たちだし、陽子の中のクォークの分布を調べているのも原子核分野の人が多い。あれ? 基本自由度で境界を決めるのはどうも無理があるということだろうか。

K中間子がパイ中間子2個に壊れる様子を考えたい。でも、今日は少し寄り道をしよう。なぜパイ中間子なのかという問題だ。パイ中間子は、数ある中間子のなかでももっとも軽い。次に軽い粒子と比べても質量は半分以下なので、中間子ができたらとにかくパイ中間子になるまで壊れていくことになる。陽子はこれ以上壊れないが、これまた数ある陽子の励起状態は、やはりどれもパイ中間子を放り出しながら壊れていき、最後は陽子が残ることになる。では、なぜパイ中間子だけが軽いのか、それも他と比べて極端に軽いのか。それがここでの疑問だ。

この疑問への答えは「自発的対称性の破れの結果」だということになっている。だがそれだけでは説明になっていない。どういうイメージか考えてみよう。固めのゴムボールを持っていると想像してほしい。ぎゅっと握りつぶすのにはかなりの握力がいる。一方で、そのままくるくる回すのは楽にできる。質量とは、力を加えたときの動かしにくさの指標なので、ゴムボールに加える力では、握りつぶす方向には質量が大きく、回す方向にはとても小さい言えるだろう。実際のパイ中間子でも同じことが起こっていると考えられている。つまり、空間の各点にゴムボールのようなものがあって、握りつぶす振動が伝わるモードと、回転方向の振動が伝わるモードがある。後者が現実のパイ中間子で、おかげでこの振動モード(=粒子)は他と比べてとても軽くなる。

イメージしてもらえただろうか。なるほどわかった、と思ってもらえればいいのだが、そうでなくても気にしなくてもよい。そもそも一番大事なことを飛ばしてしまったからだ。パイ中間子はクォークと反クォークでできていると言った。「自発的対称性の破れ」を説明したつもりのゴムボールの話には、クォークはどこにも出てこなかった。そんなのでいいはずがない。素粒子物理を志すものとしては、この仕組みのなかでクォークがどうなっているのか理解しなければ。

2020年10月24日土曜日

本当の闘いはこれからだ

LHC = 大型ハドロン衝突器という、妙に名前に工夫のない加速器がある。もちろん、ヨーロッパの CERN にある世界最大の加速器のことだ。陽子の束を2つ用意し、互いに逆向きに加速して正面衝突させる。陽子の中にはクォークやグルーオンがいくつもいるので、クォークとクォークがぶつかったり、グルーオンとクォークがぶつかったり、いろんなことが起こる。実際のところ、あまりにいろんな種類の衝突が起こり、そのほとんどは何の役にも立たないゴミの山だ。ごくまれにヒッグス粒子が生成されたりして、本当に調べたいのはそこなので、ゴミの山を避けて知りたいものだけを抽出する装置に工夫がこらされる。

あわれなことにゴミ扱いされてしまった衝突イベントでは何が起こっているのだろうか。例えば、逆方向からやってきたクォークとグルーオンがちょっとかすって通り過ぎる。それでも衝突エネルギーはむやみに大きいので、元からあった陽子を壊すには十分だ。陽子の中で衝突には参加しなかった他のグルーオンなども、ぶつかって弾き出されたクォークに引っ張られてついていこうとする。ただ、慣性があるので皆が素直についていくわけにもいかず、バラバラに壊れる。壊れて出てこようとするクォークやグルーオンは、困ったことに単独では存在できず陽子や中間子などの束縛状態を作らないと生き延びることができない。そこで、仲間を探して束縛状態を作ろうとする。ここでまた量子論のおかげで妙なことが起こる。周囲に仲間が見つからないクォークでも、真空から勝手に生まれたクォーク・反クォーク対から反クォークだけを相手として取り出して中間子を作ることができる。そうすると真空中から呼び出されたあげく余ってしまったクォークは、やはり一人ではいられないので、また真空から出てきたクォーク・反クォーク対から、というように延々と繰り返すことになる。真空から粒子をくみ出すにはエネルギーが必要なので、もともと持っていた運動エネルギーをそこに費やして、エネルギーがなくなるまで続くことになる。結果として起こるのは、いくつかの陽子や中間子がばらばらと出てくるイベントだ。

こうしたイベントの起こる確率を正確に計算する手段はいまのところ存在しない。あまりにも複雑で手に負えないせいだ。これを我々がゴミと呼ぶのは、理論家が負けを認めたくないためだと言うと言い過ぎだろうか。

主題に戻ろう。K中間子の崩壊の話だ。K中間子の多くは、パイ中間子2個に壊れる。そのきっかけは弱い力で、K中間子の中のストレンジ・クォークが W ボソンを出してアップ・クォークに変わるところから始まる。ここで出てきた W ボソンは、ダウン・クォークと反アップ・クォークを作る。ややこしくなってきた。少し整理しよう。もともとはストレンジと反ダウンだった。それが、アップ、ダウン、反アップ、そして元々あった反ダウン、という4つのクォークに変わることになる。ここから中間子を作るには、アップ・反アップ、ダウン・反ダウン、という組み合わせと、アップ・反ダウン、ダウン・反アップ、という組み合わせが考えられる。実際、これらはどちらも存在し、前者は中性パイ中間子2個、後者は荷電パイ中間子2個(プラスとマイナス)に相当する。この崩壊では、真空からクォーク・反クォーク対をくみ出す必要すらなく、相手を見つけることができた。これはラッキーな場合ではある。実際、K中間子がパイ中間子3個に壊れることもある。クォーク・反クォーク対を真空からもう一つ作り出してパイ中間子を一つ加えるわけだ。

さて、K中間子がパイ中間子2個に壊れる過程、これは LHC での陽子陽子衝突から出てくる数多くの粒子と比べると、かなりシンプルな話のように思える。では、これなら理論的に計算できるだろうか。つまり格子QCDで計算できるかという問題だ。実はそれが大変な話になる。少しずつみていくことにしよう。

2020年10月23日金曜日

広い世界でたまたま出会った

物理学を学ぶときは、式変形を一つずつ確認しては、頭の中で対応する現象をイメージする、その繰り返し。どちらが欠けても十分な理解には至らない。そのイメージの部分だけを抜き出して語ることにしたので、なんだか単にとりとめのない話になってしまっている。本当に学びたい人は、ちゃんとした教科書でどうぞ。

K中間子の質量を読み取る方法はわかった。K中間子の場が減衰する様子を調べればよい。最初は、K中間子の状態だけでなくその励起状態が混ざったものを見ることになるが、虚時間で離れるとエネルギーの高い励起状態はその分速く減衰するので、遠くまでいくとほとんどなくなってしまう。最後にはエネルギーの小さいK中間子だけが残るので、その減衰の速さを見れば、それがK中間子の質量だ。

減衰の速さだけではなく、残った波動関数の大きさからは何がわかるだろうか。そこからは、真空からK中間子の状態を作るときの波動関数がわかる。K中間子と同じクォーク・反クォークの組み合わせとスピン(=角運動量)をもった生成演算子と消滅演算子を使って、真空からK中間子を作ったり消したりするわけだが、その強さというか、効率がわかることになる。この生成・消滅演算子は、勝手に選べるものではあるが、もし自然界に存在する演算子をもってくると、現実のプロセスの確率を計算することに相当する。「自然界に存在する演算子」とは、弱い力が作る演算子のことで、Wボソンが飛んできてクォーク・反クォーク対に変わるときに現われる演算子のことだ。ここまでくると、ほぼ実際に起こる現象をそのまま計算するのに相当する。どこかからWボソンが飛んできてクォークと反・クォークに変わり、それがしばらくK中間子として飛んだあとで、またWボソンに戻る。こういう過程があったとしたら、その確率を計算するやり方がわかったということになる。

「自然界に存在する演算子」はこれだけではない。しばらく前まで、K中間子と反K中間子が互いに入れ替わる過程があるという話をした。そのなかでも、粒子と反粒子を入れ替えたときの非対称性(時間を反転したときの非対称性と言ってもよい)に効くのは、Wボソンとトップ・クォークを介してストレンジ・クォークがダウン・クォークに、同時に反ダウン・クォークが反ストレンジ・クォークに変わる過程だった。Wボソンもトップ・クォークもずいぶん重い粒子なので、それらが仮想的に飛べる距離は非常に短くなる。K中間子の中でふわふわと漂うクォークにとっては、ほぼ一点だと考えてもよい。つまり、この複雑な過程を一点で起こす生成かつ消滅演算子を考えることができる。これもある種の「自然界に存在する演算子」だ。

なるほど。この演算子が突然現われたときに、K中間子がどれだけの確率で反K中間子に変わるかを調べるには、実際にそういう過程を計算してみればよい。さっきと同じようにしてK中間子に対応するクォークと反クォークを作り、しばらく飛ばして励起状態がなくなったところを見計らって、今度はさっきの粒子・反粒子を入れ替える演算子を挿入する。そこでクォークと反クォークがそれぞれ一度消滅し、同時に別のクォークと反クォークが生成される。こうして生まれたクォークと反クォークをもう一度しばらく飛ばして励起状態がなくなったころに消滅演算子で消す。この過程全体の確率を計算することができそうだ。

計算のやり方はわかった。問題はその中で何が起こっているのかだ。粒子・反粒子が入れ替わるのは、空間のある一点に置かれた演算子のおかげだ。この演算子がはたらくためには、K中間子のなかのダウン・クォークと反ストレンジ・クォークがある瞬間ちょうど同じ点にいて、演算子によって消される必要がある。普段は中間子のなかでふわふわと漂っているクォークと反クォークが、たまたま同じ点にいる確率を調べるという話になる。水素原子のなかの電子を思い浮かべるとよい。電子の波動関数は空間にある大きさで拡がっているが、それは原子の中心にもつながっている。波動関数全体の中で、たまたま中心にくるのはそれほど大きな割合ではないだろう。それと同じで、K中間子のなかでふわふわと拡がったクォークも、たまたま反クォークと出会うことがある。その瞬間に粒子・反粒子の入れ替える魔法が働いたときに、この過程が起こるというわけだ。

2020年10月17日土曜日

他の奴らが消えるまで待て

音楽家は楽譜を見るとすてきな音楽が頭の中で鳴り響くという。物理学者たるもの、数式を見るとすぐに物理現象が生き生きと想像できるはずだ。残念ながら私の場合はそうではない。もう長くやっているので、クォークがどんなものか頭の中にイメージができつつあるが、ずいぶんぼんやりしている。このぼんやりしたイメージを文章にしてみたい。どうなるだろうと思いながら書いてきた。案の定とてもごちゃごちゃした話になってしまった。私のイメージもやはりごちゃごちゃしているということか。

前回まで、クォークが真空中を伝わっていくようすを紹介してきた。 グルーオン場がつくるでこぼこの中を、クォークの場がときには勢いよく、ときにはひっかかったりしながら拡がっていく。背景のグルーオン場はランダムに突き動かされ、それら全部を合わせたものが最終的なクォークの波動関数を与える。本稿の目的はK中間子崩壊の計算をするというのはどういうことか、なぜ難しいのかを解説することだ。そこに話を戻そう。

K中間子をつくるダウン・クォークとストレンジ・クォークは、少しだけ質量の異なる別の粒子だ。だから、真空中の伝わりかたも微妙に異なる。これらのそれぞれが計算できたら、両者を組み合わせてK中間子をつくる。組み合わせるというのは、ダウン・クォークの場に、ストレンジ・クォークの場の複素共役(反粒子に相当する)を掛け合わせることだ。ただし、両者がもつスピンが逆向きになるものを掛け合わせないといけない。間違えるとK中間子ではなく、スピンの異なるK*中間子ができてしまう。とにかくこうして、K中間子の「場」ができた。クォークの場を2枚もってきて、片方を裏返してホッチキスで留めたようなものだろうか。

ただし、ここで一つ重大な間違いがある。K中間子の「場」と言ったが、これはK中間子のみをあらわすものではない。K中間子と同じ内容物(ダウン・クォークと反ストレンジ・クォーク)をもち、K中間子と同じスピン(この場合スピンはゼロ)をもった粒子は、なんでもこの場のなかに含まれている。現実の世界では何に相当するかというと、K中間子よりも質量、つまりエネルギーの大きい、数多くの励起状態のことだ。励起状態のなかには角運動量が異なるものもいろいろあるが、そのなかで同じ角運動量をもつものすべてということになる。実験できれいに見つかった状態もあるが、多くは複数の中間子が互いに飛び交うような散乱状態で、まあ要はめちゃくちゃな状態ということになる。K中間子の「場」はこういうすべての状態を表したものになっている。K中間子は、そのなかでエネルギーが最低のものを指すわけだ。

いろんな状態のなかからねらった状態だけを抜き出すのは、それなりに難しい。量子力学の波動関数は時間とともに位相が回転する。振動すると言ってもよい。振動数がその状態のエネルギーをあらわす。であれば、使うべき道具はフーリエ解析だ。さまざまな振動数がまざった波から狙った振動数のものを取り出すには、フーリエ変換してしまえばよい。ところが、覚えておられるだろうか、この計算では時間を虚数にしてしまっている。おかげで波動関数は振動ではなく減衰する。減衰する速さからエネルギーを読み取る必要がある。これではフーリエ解析は使えない。ただ幸いなことに、エネルギー最低の状態だけはうまく取り出すことができる。他の状態はより速く減衰するので、それを待てばよい。つまり、虚時間で十分に時間がたったときの波動関数を取り出せば、これが欲しかったK中間子の状態だ。

 

2020年10月11日日曜日

生まれながらにして排他的

「クォーク閉じ込めの謎」という言い方を聞くことがある。その本質は背景でランダムに揺れるグルーオン場だという話をした。わかってしまえばそれほど驚くべきことでもない。ただし、前回はある大事なことに目をつぶってきた。クォークと反クォークの対生成・対消滅だ。

「真空」とはエネルギーが最低になるような状態のことを言う。だったら何も起こらない平らな背景場が真空になりそうなものだ。ところが量子力学ではここにランダムなゆらぎが加わる。これが優勢になると、真空の波動関数はでたらめなグルーオン場をいろいろもってきた重ね合わせになる。この事情は熱統計力学と似ている。気体中にある数多くの分子は、本当はすべて静止しているときがエネルギー最低になるに決まっている。ところが温度がゼロでないときは、それ以外の状態、つまり分子がでたらめに飛び回る状態のほうが実現しやすい。単にそのほうが場合の数が多いせいだ。たまたますべての分子が静止した状態は、あってもいいがその確率はほとんどゼロに近い。場の量子論というのは、自由度の非常に多い統計力学とも考えることができる。

では、でたらめなグルーオン場のなかからクォークと反クォークが生まれて、しばらく飛んでから再び消えるような状態は考えられないだろうか。グルーオンと違ってクォークは質量をもつので、クォーク・反クォーク対を生むのにそれなりのエネルギーを必要とする。その分起こりにくいわけだが、アップ・クォークとダウン・クォークは質量が大きくないので余分なエネルギーをものともせずに真空中で活発に対生成・対消滅をくりかえす。これもやはりランダムに起こる量子的なゆらぎの一部で、ちゃんと取り入れないといけない。

実はこれが大変な話になる。クォークはフェルミオンなので、パウリの排他律というのに従う。2つのクォークは同じ状態を分け合うことはないという法則のことだ。それがどうしたと思われるかもしれないが、これがやっかいの元になる。対生成・対消滅は一つのグルーオン背景場のもとで複数起こりうる。4次元空間のなかであっちでもこっちでも対生成・対消滅。すると、あっちで生まれたクォークがこっちまで飛んできて邪魔をするかもしれない。なにしろある場所にはクォーク一つだけしか来られないので、そこは避けないといけない。もう一つ飛んできたら、先客の場所をすべて避ける必要がある。クォークが生まれて拡がっていく様子を計算することはできるのだが、複数が同じ場所にくるのを避けながらとなると難易度は上がる。しかも、組み合わせは無限にあるのだ。どうすればいいだろうか。

実際の格子QCD計算のなかでは、この問題は「ジワジワと」解決する処方箋をとる。いまあるグルーオン場は、その中でのクォークの対生成・対消滅を考慮したものになっていたとしよう。そこからグルーオン場がまたランダムな揺らぎを受けて少しだけ動く。前との違いは少しだけなので、クォークの対生成・対消滅の効果も少しだけ取り入れておけばいいだろう。だから、空間の各点から生まれたクォークが拡がってそれがグルーオン場の変化分をによる影響をどう受けるかを評価する。これを繰り返していくことで、最終的にはクォークの対生成・対消滅が多数起こったときの情報も取り入れることができる。問題は、これだとグルーオン場がジワジワとしか動かないことで、おかげでランダムにいろんなグルーオン場の状態を取り入れるにはずいぶん手間がかかることになる。もっとましなやり方がないのかと思わないでもない。

とにかくこうしてでてきたグルーオン場は、その上でクォークの対生成・対消滅が多数起こったことを「知っている」。このグルーオン背景場の上で拡がっていくクォーク場は、真空中に他のクォークが生まれたり消えたりする様子をすべて織り込み済みというわけだ。

2020年10月10日土曜日

すべてはここから

素粒子の相互作用を理解すれば、自然界の森羅万象はすべて計算してみせることができる。 ずっと昔にどこかでそういうことを言ったら、"More is different" を知らないのかと叱られたことがある。素粒子理論を研究している人は、どこかで原子核物理や物性理論を格下に見る意識がある。素粒子以外は、所詮どうやって計算するかという問題でしょ、というわけだ。それはある意味で正しいのだが、実現可能性という意味ではまったく話にならない。たとえ将来、量子コンピュータが実用化されたとしても、フェムト・メートル以下のスケールで本当の量子論が働いている自然界をすべて模倣するわけにはいかないのは当然のことだ。格子QCD計算では、いまようやく陽子(あるいは中性子)2個の世界の計算に四苦八苦している。実のところ、陽子1個でも問題は山積みだ。問題に応じて適切な自由度を探し出して近似する、そういう物理学の本質が無用になる時代はやってこないだろう。

 グルーオンがあちこちに山や谷をつくった4次元空間の中を、クォーク場が拡がっていく。ただし、背景にあるグルーオン場はこれ一つではない。量子論の原理にしたがってありとあらゆる地形をつくる。最終的にはそれらをすべて足し合わせたものが「真空」の波動関数をあらわすことになる。「真空の波動関数って何のこと?」と思われるかもしれない。「真空」という言葉の問題かもしれないが、ここで真空と呼んでいるのは単にエネルギーがもっとも小さくなる状態のことだ。水素原子の問題だったら、電子が一番下の軌道に落ち込んだときにエネルギーが最低になり、そのときの波動関数は中心に球形に拡がる。いま考えている真空の波動関数というのもこれに似ていて、空間全体に拡がるグルーオン場がエネルギー最低の状態を作ったときの「波動関数」のことだ。ただし、水素原子のときのようにある決まった形があるわけではなく、いろんな変な形をしたものを重ね合わせたものになっている。無限個の重ね合わせなので想像するのは難しい。

こういう変な背景のなかで拡がっていくクォーク場には何が起こるだろうか。まずわかるのは、クォーク1個だけの拡散は、背景のグルーオン場をすべて足し合わせていくとゼロになってしまうということだ。ちょっと想像しがたいかもしれないが、グルーオン場がつくる山や谷は正負だけでなく複素数でいろんな値をとる(正しくは SU(3) という複素数の行列に値をとる)。複素数の位相がランダムに回転したものをすべて足し合わせていくといずれゼロになってしまうが、それと同じ理屈だ。クォーク場は拡がっていくが、背景の波動関数をすべて考慮するとゼロ。つまり、真空のなかではクォークが伝わっていく確率はゼロということになる。クォークは単独では存在できない。過去にいくつもの実験で分数電荷をもつクォークを見つけようとしたが、誰も成功しなかった。量子色力学という理論では、このことはランダムなグルーオンの背景場によって説明される。

それでもK中間子は存在する。なぜだろうか。中間子というのはクォークと反クォークが結びついたもののことだ。反クォークをあらわすにはクォーク場の複素共役をとればよい。ある複素数とその複素共役をかけると、絶対値の2乗になって必ず正の数になる。正の数はいくら足してもゼロになることはない。1つのクォークは存在できないのに中間子が存在する事実はこうして説明される。グルーオンの背景のなかでクォーク場は実際に拡がっていく。ただし、グルーオンの背景場をすべて足し合わせた真空中で生き残るためには、反クォークとセットになっている必要があるわけだ。

(もう一つ変なのがあった。クォーク3個でできている陽子と中性子だ。これは複素数だと考えていては説明できない。SU(3)という3行3列の複素行列の性質を考えないといけないのだが、それはいずれまた機会のあるときに。)

「クォークの閉じ込め」という性質がある。クォークは陽子・中性子や中間子のなかに閉じこもっていて決して単独で外に出てくることはない。不思議な性質だが、こうして考えてみるとそれほど変には感じないと思うがどうだろうか。量子色力学という理論のなかでは自然に説明されていて、もはや謎ではない。

とにかくこうして、真空中を飛ぶK中間子を計算できるようになった。K中間子だけではない。いろんなクォークと反クォークを組み合わせた中間子は、すべてこうやって計算できる。クォークは(ある単位で) +1/2 と -1/2 のスピン(自転のこと)をもつので、その向きに応じていろんな組み合わせができる。プラスとマイナスを組み合わせてゼロになったもの(パイ中間子やK中間子など)、プラスとプラスを組み合わせて全体がスピンを持つもの(ロー中間子や K* 中間子など)や、クォークと反クォークが互いの周りを回転しているものを考えてもよい。中間子はそれこそ何十個も見つかっているが、それらは例外なくこうして真空中を拡がっていくクォーク場を組み合わせて計算できるのだ。

2020年10月9日金曜日

振動か減衰か

 複素関数論というのは、いくつになっても本当にわかった気がしない。理屈はわかるんだけど、そこから出てくる結論があまりにアクロバットな感じがして得心しないと言うべきだろうか。コーシー積分がなぜああなるのかを頭の中に絵のように思い浮かべて納得できる人はいるのだろうか。それと同じように、振動をあらわす三角関数と減衰をあらわす指数関数が同じ関数の2つの側面だというのも突飛すぎてなかなか想像できない。陳腐な言い方だが、数学ってすごい。

場の量子論ももちろん数学を使って書かれているので、こういう性質をめいっぱい使うことになる。もうずっと前に学んだときから今に至るまで、本当にわかった気がしないことに、「ウィック回転」というのがある。時間を虚数に取り替えていろんな量を計算しても、最後にもう一度虚数から実数に戻せば正しい結果が得られるという話だ。たいていの教科書ではそういうものだということでさらっと通り過ぎるので、皆あまり深く考えずに使っていたりする。私も最近になってようやくその意味が少しずつわかってきた気がしている。たぶんかなり遅い方だろう。

クォークやグルーオンの波をあらわす「場」があるという話をした。ディラック方程式というのを解くと、電子やクォークの波に相当する関数が出てくる。電子が実際に波だというのは、(惜しくも亡くなられた)外村彰先生が電子顕微鏡の実験で示された通りだ。現実の世界はそれでいい。ところが、格子理論での計算というのはすべて時間を虚数に取り替えた「虚時間」というのでやることになっている。これだと波の振動をあらわす三角関数が、減衰をあらわす指数関数になってしまう。だから、格子理論の計算では振動する「波」は出てこない。すべては減衰するのみだ。

虚時間を取ると、時間と空間の区別がなくなる。空間3次元と時間をもつ世界は、虚時間にすると単に空間4次元の世界になる。4次元空間のなかでクォークはグルーオンが作り出すランダムな山や谷の間を拡がっていくわけだが、これはクォークの「波」というよりも、むしろ水に落としたインクが水の中を広がっていくのをイメージしたほうがよい。クォークは4次元の空間の中を拡がっていく。もはや時間と空間の区別はない。全方向に拡がるのみだ。

空間の1点にストレンジ・クォークと反ダウン・クォークの種を置くと、どちらも拡がっていく。離れた別の点で再びストレンジ・クォークと反ダウン・クォークのペア測定してみると、元の点からの距離に応じて減衰していくだろう。2つのクォークは、途中では空間のいろんな場所を通って拡散してきたのだが、それがまた同じ点に戻る様子を観測することになる。距離に応じて減衰していく関数。この距離が虚時間だったことを思い出して、元の時間に戻してみよう。すると減衰する関数は、時間とともに振動する関数に戻る。これが量子力学ででてくる波動関数の時間発展に相当する。量子力学では、波動関数は複素数であらわされ、その位相が時間とともに回転する。その振動数がエネルギーに対応するわけだ。つまり、4次元空間中のクォークの拡散の様子を調べると、K中間子のエネルギーが読み取れることになる。エネルギー、つまり質量のことだ。

2020年10月3日土曜日

荒波のなかを漕ぎ出すクォーク

ファインマン・ダイヤグラムというのがある。クォークが飛んできてグルーオンを放出し、そのグルーオンを他のクォークが吸収してまた飛び去る様子を矢印のついた線や波線であらわす。場の量子論の摂動計算は、このダイヤグラムを描いて対応する数式を当てはめていけばできるというとても便利なものだ。毎日こういう図を見ていると、実際のクォークもこんなふうにグルーオンを「キャッチボール」して力を及ぼしあっているというイメージを持ってしまうのだが、これは現実に起こっていることのイメージとしてはいまいちだ。じゃあ実際はどうかと言われると、それはなかなかやっかいなのだが。

グルーオンをあらわす場をランダムに揺らすことで量子論を反映できるという話をした。空間中に広がった場の各点ででたらめに揺れるグルーオンの「場」ができあがった。これを無限にくり返して平均すると、量子化が完成する。これが、グルーオンのつくる「真空」ということになる。まだ何もなく、ただでたらめに揺れるグルーオン場だけがある。ここにクォークを飛ばすとどうなるか。

何もない空間にクォークを生成するにはタネをまく必要がある。このタネは強い力の理論である量子色力学とは別のところにあると思うことにしよう。反ストレンジ・クォークとダウン・クォークを作るタネ(生成演算子という)を空間の一点に置いてみる。そうすると、クォーク場のしたがう方程式(ディラック方程式のことだ)にしたがってクォーク場が広がることになる。ディラック方程式というのは、シュレーディンガー方程式を拡張したもので、要は波を表すような方程式だ。一点にタネを置くと、そこを中心にして波が広がっていく。池に石を投げ込むと波が円を描きながら広がっていく、あれと同じことだ。違うのは水面が平らではないこと。グルーオンをあらわす場はかなりでたらめに揺らいでいる。静かな池というよりも台風に襲われた外海の荒波というべきだろう。そこにタネをまくと、荒波に負けずにクォーク場が広がる。ただし、今度はきれいに円を描いて進むわけにはいかない。あっちこっちにある山や谷に引っかかったり落ち込んだりしながら進むことになる。遠く離れたところで、反ストレンジ・クォークとダウン・クォークの波がどれだけ伝わってきたかを調べてみれば、それがすなわち K 中間子を見ることに相当する。ただし、先にも話したとおり、背景になるグルーオン場はこれ一つではなく、さらにランダムに揺すぶられて変化していく。それらをすべて含めたものが K 中間子をあらわすわけだ。

クォーク場は方程式にしたがって広がると言った。あれ? 量子化によってクォーク場もグルーオン場と同じようにランダムに揺さぶられるんじゃないの? と思った人は非常に鋭い。上記では、クォークが勝手に生まれたり消えたりする量子論による効果が取り入れられていない。クォークの数は保存するので、正しくはクォークと反クォークが対を作って生まれたり消えたりするはずなのだが、それが無視されている。当面、量子化の一部をさぼってイメージをつくっていくことにしよう。クォークは単に空間を広がっていくのだ。


2020年10月2日金曜日

ごちゃごちゃの中に答えはある

秋の涼しいさわやかな空気を満喫しておられるだろうか。せっかくだから風を感じながら野外でのんびり散策など楽しみたい。だが、空気などの気体は、よく細く見てみると小さな分子が互いにぶつかり合いながらめちゃくちゃに動き回っているらしい。さわやかな風からは想像できないが、分子は毎秒1キロメートル以上の高速で飛び回り、私たちの体にぶつかっている。それでも涼しい顔でいられるのは面の皮が厚いからか。

クォークとグルーオンの理論を解きたい。グルーオンは勝手に自己増殖するので、その個数はわからない。何個あるかわからないグルーオンのそれぞれに波動関数があるはずで、そのすべての組み合わせに対応する波動関数をすべて求めるのは無理な話だ。だから、場の量子論の計算では少し違う考え方をとる。まず、すべての波動関数を求めることはあきらめる。その代わりに、実験と比較するために必要な量が求まったらそれで満足しよう。当面それで十分ではある。(将来の量子計算では、この制限はなくせるかもしれない。すべての粒子数に対応する波動関数とその重ね合わせを計算してしまおうという壮大な夢は、あるにはある。)

実際にはどうするか。まずは何もないところから始めるとしよう。「場」の理論なので、空間のすべての点にグルーオンの波をあらわす場の変数が置かれていて、これが振動する。最初はすべての点で何もない、つまり場の変数がゼロだったとしよう。しかし、これは量子論なのでこのままではすまない。量子力学では変数の値を一つに固定しておくことができず、ゆらぎが生ずる。これを実現するにはいろんなやり方があるが、その一つは、空間のすべての点の場の値をランダムに動かしてみることだ。ただし、むやみに動かすわけではない。空間に広がる波の形があまりにトゲトゲになるようなことは起こりにくく、できるだけ滑らかになるものが実現する。これを保証しているのがいわゆる運動方程式というやつで、ランダムなゆらぎさえなければ、場の変数は運動方程式にしたがって秩序だって揺れて波をつくる。池の水面の波のような、予想可能な波だ。量子論では、これにランダムな揺らぎが加わる。しかも空間の各点で別々の揺らぎだ。これが量子力学でいうところの波動関数の広がりを作り出すことになる。

こうして「場」が動き始めた。波打つ場の様子は、実際の時間変化をあらわしているわけではない。単に、量子力学にしたがう揺らぎを作り出すための方便だ。波動関数はそれ自身が実体で、空間に広がった何かだが、今の場合、グルーオンの場の変数自身がすでに空間全体に広がっている。その変数の空間の各点での揺らぎがさらに、あるやり方で幅をもっており、これが量子化による不確定性ということになる。動き続ける場は、その(仮想的な)時間平均を取ると、全体として場の揺らぎを表現する波動関数を与えることになる。

ここにはグルーオンの個数という概念はもはやない。適当に波打ち、変化し続ける場がそこにあるだけだ。その全体がある種の波動関数を与えているということになる。ちょっと難しいだろうか。場の量子論の最初の難関である、「第二量子化」の手続きをだいぶはしょって説明してみた。本当に理解するには分厚い教科書を読む必要があるが、イメージを持つだけならこれで十分だろう。

別の言い方で、ファインマンの「経路積分」というのがある。これも同じことなのだが、空間の各点に置かれた場の変数のそれぞれを、マイナス無限大からプラス無限大まで動かして積分を計算せよという理論で、結果は上記のランダムな場の動きと同じになる。上記のほうが実際に行うシミュレーションに近く、したがって私のイメージにも近いので、そちらで紹介してみた。

だが、まだ何も起こってない。何もない「真空」中をあらわす場がゆらゆらしているだけだ。ここに実際の粒子を飛ばしてみなくてはならない。

2020年9月27日日曜日

1つか2つか、それともたくさん?

本稿を書き始めた動機は、K中間子崩壊で測定されたCP対称性の破れを理論的に再現する格子QCD計算について紹介したいということだった。この問題には、格子QCD計算の難しさがあれもこれもすべて詰め込まれている。何がそんなに大変なのかを専門家でない人向けに紹介してみようというわけだ。自分の論文でもないのに数奇な話だと思わないでもないが、そちらはまたいずれ。ところが、この本題に入る前に、K中間子崩壊とCP対称性の破れという現象自体がややこしいので、その説明に紙数を要してしまった(それに実はまだ道半ばだ)。このあたりで、格子QCD計算について必要なところだけでも紹介しておきたい。

クォークと反クォークがグルーオンをやりとりして互いに引力を及ぼし、水素原子のような束縛状態をつくる。それが中間子だ。そういう説明がされることが多いかもしれない。間違いではないのだが、もう少し実際に近いイメージをもっておいたほうがいいだろう。まず、すべては量子力学にしたがうので、クォークもグルーオンも空間に広がった波動関数であらわされる。「素粒子」という言葉からイメージされる粒子ではなく、ぼわっと広がった波を考えるほうがよい。クォークの波と反クォークの波、それにグルーオンの波が重なりあいながら集まった状態、という感じだ。通常の量子力学では、電子をあらわす波動関数がポテンシャルのなかにおかれ、そのときのシュレーディンガー方程式を解けば状態がわかる。電子の場合は、電磁場を通じて周りの影響を受け、また影響を与えるわけだが、電子が十分に重いと考えてよいために電磁場の影響は瞬時に伝わると想定でき、おかげでずいぶん簡単になる。これは質量と結合の強さの兼ね合いで決まっている。結合が弱いときには電子は浅いポテンシャルのなかで大きく広がる。量子力学の原理にしたがって、広がった状態は運動量が小さいことを意味する。質量と比較して運動量が小さいということは速度が遅いわけで、電子は電磁場よりもずっとゆっくり動くわけだ。クォークとグルーオンの場合は、結合が非常に強いせいで、波動関数の広がりが小さく、運動量が大きい。いずれも軽い粒子なのでどちらも光速に近い速度で飛び回ることになるため、両者の波の方程式を連立して解かないといけなくなる。その分、普通の量子力学の問題よりもはるかに難しい話になる。

ただし、これはクォークとグルーオンの運動を解くのが難しい理由の第一ではない。もっと始末に悪いことが、量子色力学という法則のもつ特殊性からあらわれる。それは、力を伝える場としての役割をもつグルーオンが、それ自身も「電荷」をもち、さらに別のグルーオンを引き寄せるという点だ。電磁場のときは、電磁場自身(光のことだ)が電荷をもっているわけではないので、光と光は相互作用を起こさずにすり抜ける。グルーオンはそうではなく、その存在がまた別のグルーオンを作りだして、これがねずみ算的に続いていくことになる。だから、通常の量子力学のような問題設定をすることには無理がある。グルーオンをあらわす波は一つではなく、グルーオンがいくつもあらわれる場合も含めた数多くの波動関数を用意する必要があるためだ。こうなると、むしろ出発点から考え直したほうがよい。実際、そういう理論的枠組みが用意されている。「場の量子論」という理論では、粒子がいくつもあらわれ、生まれたり消えたりする状況を自然に扱うことができる。

場の量子論でも、クォークとグルーオンの波を考えることに違いはない。違うのは、粒子ごとに一つの波動関数を考えるのではなく、むしろあらゆる可能な波を同時に考えるという点だ。そのなかには、粒子が1つの場合も含まれるし、2つや3つの場合、さらにどう数えればいいかわからないような場合もすべて含まれる。これなら、グルーオンが勝手に増えてしまっても問題ない。実のところ、中間子のなかにグルーオンが何個あるのかというのは答えようのない問題で、いろんな場合がすべて重ね合わさって一つの中間子ができていると考えるべきなのだ。

では、場の量子論で、クォークとグルーオンの計算はどうやるのか。次回からそれを少しずつ考えてみたい。

2020年9月26日土曜日

局所戦に持ち込めるか

難しい問題があったら、まずはそれをどこか一か所に押し込めるのが良い作戦だ。そこだけは後で考えることにして、話を先に進めることができる。それができるときは話がすこしすっきりする。できないときは、まだまだ長い話が待っている。

K中間子でCP対称性が破れるやり方について考えてきた。GIM機構を拡張した小林益川理論というのがあって、ボトム・クォークとトップ・クォークが存在することにすれば、理論のなかに複素数の位相を付け加えることができる。K中間子が反粒子と混合するときには、ストレンジ・クォークがダウン・クォークに変わる必要があるが、そういう過程は直接起こるわけではなく、途中にアップ、チャーム、トップ・クォークのどれかを経由することで起こる。GIM機構のときもそうだったが、これらの3つのクォークが同じもの、つまり質量が等しかったら、3つの遷移をあらわす波動関数がちょうど相殺して何も起こらない。自然界ではどういうわけかクォークの質量が異なるので、その差の分だけ余分が残り、これが混合を引き起こす。そして、そこに複素数の位相がからんでいたら、CP対称性の破れにもつながる。

複素位相は、3つめのクォークの組を持ち込んだときに初めてあらわれることを以前紹介した。このことを反映して、CP対称性の破れに特に関係するのは、トップ・クォークを経由する場合ということになる。ストレンジ・クォークがWボソンを放出してトップ・クォークに変わり、もう一度Wボソンを放出してダウン・クォークに変わる。この過程に複素位相があらわれる。あまったWボソンは、反ダウン・クォークがこの逆の過程を経て反ストレンジ・クォークに変わるときに吸収してもらう。これこそが、K中間子の混合でCP対称性が破れる現象の正体だ。

途中にあらわれたトップ・クォークやWボソンは、いずれもK中間子よりもずいぶん重い。100倍以上だ。ということは、これらの粒子は実際に出てくるわけではなく、量子力学の原理にしたがって仮想的にあらわれるだけだ。重い粒子はそれだけエネルギーも大きいので、仮想的とはいえどもごく短時間で消えるはずで、飛ぶ距離も非常に短い。K中間子の大きさの100分の1以下の長さでしかないわけだ。K中間子の中のどこか非常に狭い領域でこういう過程が静かに起こる。これが量子力学の不思議なところだ。

クォークがくっついてできてできているK中間子には大きさがある。陽子や中性子の大きさと同じで、およそ1フェムト・メートル。小さいとはいえ有限の大きさのなかで、クォークとグルーオンがうろうろ、あるいはふわふわしているというのが、そのイメージになる。クォークを結びつけているのは強い力の仕業だ。K中間子の大きさや、そのなかにクォークがどのように分布しているかも含めて、すべては強い力を解いてみればわかるはずだ。ふわふわ漂っているダウン・クォークと反ストレンジ・クォークが、たまたま同じ点にきたときに、電光石火で上記の過程が起こって、反ダウン・クォーク とストレンジ・クォークに変わる。周囲をとりまくグルーオンは何もなかったかのようにそこにいる。

見てきたようなことを書いたが、これはもちろん単なる想像で、物理学がまともな学問である以上、ちゃんと計算ができないと先に進めない。中間子のなかでふわふわ漂っているダウン・クォークと反ストレンジ・クォークがたまたま同じ点にくる確率はどれくらいか、それを計算できないと、CP対称性の破れの大きさはわからないわけだ。これは強い力の問題で、これまでに話してきた弱い力とはまた別の話になる。弱い力の性質を理解しようとがんばってきたが、最終的にもっとも難しい問題は強い力だったということになる。

とは言え、われわれはラッキーだった。 いまの場合、難しい問題をK中間子のなかでダウン・クォークと反ストレンジ・クォークが出会う確率、という一つの問題にしてくくり出すことができたからだ。K中間子のCPの破れの問題は、そこを除けばおおよそ理解できたようだ。この簡単な問題だけは... 。

2020年9月25日金曜日

干渉すると壊れる

南部・小林益川のノーベル賞で沸いた2008年、私みたいなののところにもテレビ局から説明の依頼がきた。小林・益川理論について一般の人が30秒でわかるように説明してください、 と言われて、ディレクターさんに3時間説明した。(数学の)行列を使うのは禁止、複素数もだめ、シュレーディンガー方程式はもちろんだめ。どうすればいいのか。いろんな奥の手を考えたのだが、結局本番では益川先生の話がおもしろすぎて、用意していた説明は全部ボツになった。

ダウン、ストレンジとボトム・クォーク を混ぜるときの係数に複素数が残ってしまい、それがCP対称性の破れの起源になるという話をした。では、これが中性K中間子の崩壊にどのように関わってくるのかが次の問題だ。

すべては量子力学で計算しないといけない。K中間子の波動関数を用意する。それがシュレーディンガー方程式にしたがって時間とともに変化し、ある時刻にパイ中間子2個の状態をあらわす波動関数に移行する。その振幅を計算することになる。「振幅」というが、これも波動関数の話なので複素数になり、その絶対値の2乗を計算すると、その時刻にパイ中間子2個に壊れる確率を与える。複素数の絶対値の2乗であることに注意しよう。この途中で、小林益川理論にしたがって波動関数に複素数の係数がかかってきたとして、最終的にどうなるかというと、絶対値の2乗を取るので複素位相は消えて見えなくなる。現実に測定される量は確率だけなので、これでは元の木阿弥で、何も説明したことにならない。

CP対称性の破れというのは、つくづく意地悪な現象で、GIM機構のときにもそうだったが、普通ならあってもいいはずのものがある事情で相殺して消える。ここでまた一つ、複素数の絶対値の2乗のせいで、あってもよいはずのものが見えなくなってしまった。

問題を避ける鍵は、最終的なパイ中間子2個の状態が、中性K中間子からも、その反粒子の中性反K中間子からも遷移できるものだという特殊性にある。 (以降、面倒なので「中性」というのを省くことにする。)K中間子は、ダウン・クォークと反ストレンジ・クォークが結びついたもの、その反粒子は反ダウン・クォークとストレンジ・クォークが結びついてできている。いずれも崩壊するときには、(反)ストレンジ・クォークがWボソンを介してアップ・クォークに変化することが引き金になる。このとき、余分に出てきたWボソンは、マイナスの電荷をもっており、ダウン・クォークと反アップ・クォークを生成する。そうすると、中性反K中間子の崩壊で最終的でできるのは、アップ・クォークとその反粒子、ダウン・クォークとその反粒子、という組み合わせになることがわかる。中性K中間子について同じことをやるのは簡単で、すべてに「反」をつければよい。「反」が2個ついたら元にもどることを忘れずに。 最終的な状態は、粒子と反粒子をすべて入れ替えても元にもどることに注意しよう。だからこそ、K中間子とその反粒子のいずれからでも移行できるということになっている。

このことがわかれば、K中間子の崩壊には2通りの道があることがわかる。一つは、K中間子が直接パイ中間子2個に以降する道。 もう一つは、K中間子が一度反K中間子に移行し、その後にパイ中間子2個に以降する道だ。波動関数を計算するときには、両者を計算して足さないといけない。ここでようやく話がつながる。小林益川理論で複素数があらわれるのは、K中間子が反K中間子に変わるところだけだ。そうすると、2つの道をあらわす波動関数のうち、一つだけが余分な複素位相をもつ。この余分な複素位相は、粒子と反粒子をすべて入れ替えたときに逆向きになる。他はすべて元のままで、小林益川理論に起因する複素位相のところだけ逆になるせいで、最終的な確率を計算する絶対値の2乗をとったときに違いがあらわれる。

このように、2つの波動関数を足したときに起こることを干渉という。普通の波と同じで、2つの波の山と谷の重なり具合が変わってくることで、もとの波が強めあったり弱めあったりする。量子力学による効果が顕著にあらわれるところだ。

K中間子におけるCP対称性の破れはこうして起こる。ところが、これでもまだ話は半分も終わっていない。

 



2020年9月24日木曜日

複素数なのだ

なぜ量子力学の波動関数は複素数なんだろうか。数学の群論によれば、数みたいに演算が定義されるものは無数に作れるのに、そのなかでなぜ複素数なんだろう。もしかしてもっと難しい理論を学べばどこかに答えがあるんだろうか。

CP対称性とは、事実上、時間反転対称性のことだ。量子力学で時間を反転したときに法則(シュレーディンガー方程式)が変わらないためにはどうなっていればいいか。本稿では数式を使わないことにしているので説明が難しいのだが、シュレーディンガー方程式では、時間 t の符号を変えると同時に式全体の複素共役を取ると元に戻る。つまり法則が変わらないことになる。ただし、ハミルトニアンの複素共役が元と同じなら。なんだか難しい言い方になってしまった。別の言い方を試みてみよう。量子力学では、時間が経過したときに波動関数の位相が回転する。回転の速さはエネルギーに比例する。時間を逆転させると、位相の回転も逆向きになる。複素数の位相なんだから、複素共役を取ると逆向きの回転は順向きに戻る。こうしてめでたく元に戻った。このための条件は、エネルギーが実数であること。虚数を含むと時間を進めたときに単に回転するのではなく増大するか減少してしまう。CP対称性のための条件は、あらゆる可能なエネルギーの状態が、実数のエネルギーをもつこと、と言い換えてもよい。

CP対称性の破れは、自然界の法則をつかさどるハミルトニアンのなかに複素数が含まれているかどうかを見れば判別できる。通常はそんなところに複素数は出てこない。映画を逆向きに回すと奇妙だが、それは物理法則に反するからではなく、単に見慣れないできごとだからだ。しかし、実際にCP対称性を破る素粒子現象が見つかってしまった。どう考えればいいのだろうか。

もともと素粒子の理論は量子力学でできているので、理論のいろんなところに複素数が出てきていけないわけではない。問題は、ほとんどの場合には気づかないほどに小さい効果なのに、とにかく有限で存在しないといけないということだ。理論に入っているパラメタを小さい値に調整すればいいのかもしれないが、それでは不自然な感じがする。実験に合うように数字を合わせるだけでは何かを理解した気はしない。

小林先生と益川先生が気づいたのは、ワインバーグ・サラム模型を書いてみると、もともと複素数のパラメタがいくつも入っているのだが、それらはすべて理論の中に入っている力学的自由度(場の値のこと)を再定義すれば吸収できてしまうものばかりで、おかげであらゆる実験で測定しても見えないということだった。有名な逸話だが、両先生はこのやり方ではCP対称性の破れは起こらないことを証明する論文を書こうとされたという。ところがあるとき、別のひらめきがあった。クォークの種類を増やせばよい。

これまで出てきたクォークはアップ、ダウン、ストレンジに加えて、GIM機構のために必要なチャーム・クォークだった。これらはダウンとストレンジ、アップとチャームという2種類にグループ化され、ダウンとストレンジは少しまざった上でアップあるいはチャームとWボソンを通じて結合する。では、ここにもう一つずつ別のクォークを加えてみてはどうだろう。ダウンとストレンジに加えてボトム・クォークを含めて一つのグループにする。その中で3種類が混ざった組み合わせを3つ作り、それぞれがアップ、チャーム・クォークと、あと一つ、トップ・クォークに結合するようにするわけだ。

3種類のクォークの混ぜ合わせ方は、単に相対的な比だけではなく、複素数にしてもよい。2種類だけだったときは、せっかく加えた虚数部は、クォーク場の再定義で消えてしまったのだった。ところが3種類のときには、再定義だけでは消えない虚数部が残ることがわかる。非常に雑な数の勘定だけをしてみると、2種類のクォークを混ぜるときに複素数を入れるやり方は3つあるが、場の再定義はダウン、ストレンジとアップ、チャームで別々にできるので、4つもあって消せてしまう一方、3種類のときの複素数の入れ方は6通りあって、6つのクォーク 場で再定義しようとしても1つ残ってしまう。(6つのクォーク場の再定義のうち、1つは全体の位相回転になっていて、消すのに使えないことに注意。ちゃんと数えたい人は教科書を読んでユニタリー群のパラメタ数を調べてみてほしい。)こうして残った1つの虚数部が、CP対称性の破れを起こす種になるわけだ。2x2、3x3 を拡張して NxN という大きな行列を作ってみると、混ぜ方は N の2乗で増えるのに対して、再定義できる場の数は 2N でしか増えないので、数を増やすと消えない虚数が増えてくるわけだ。

長くなってしまった。こうして出てきたたった一つの複素位相。これがどうやってK中間子のCP対称性の破れに結びつくのかは、また次回にしよう。

2020年9月22日火曜日

たとえ小さくてもゼロでない限り

やっぱり深入りしてしまった気がする。一般向けにはややこしすぎるし、大学院生向けにはきちんと式を追って説明しないと役に立たないのに。そう思ってふと思い出したのは、ブルーバックスの南部陽一郎『クォーク』。久しぶりに開いてみたら、なんだ、全部書いてあるじゃん。しかももっと面白い話も。本当に興味のある方は、ぜひそちらを読むことをおすすめします。とは言え、途中でやめるのもあれなので続きを。

Zボソンを通じてストレンジ・クォークがダウン・クォークに遷移する過程は禁止されている。これがGIM機構の帰結だった。でも、ちょっと待って。中性K中間子の粒子・反粒子混合には、まさにこの過程が必要なんだった。どうすればいい? 答えは、「変身チケット」を2度使うこと。ストレンジ・クォークがWボソンを放出してアップ・クォークに変わることはできる。今度はそのアップ・クォークがWボソンを吸収してダウン・クォークに変わってはどうだろう。これなら結果的に、ストレンジ・クォークがダウン・クォークに変わったのと同じことになる。2度の変身が必要なのでそれだけ確率は小さくなるが、それでも可能ではないか。

これでうまくいった気がするが、実は、GIM機構はもっと巧妙にできている。ストレンジ・クォークが一度アップ・クォークに変わってからダウン・クォークに戻る過程は、それと似たチャーム・クォークを経由する過程とちょうど相殺するようにできている。したがってこの過程はやはり起こらない。アップ・クォークとチャーム・クォークが正確に同じものならば。唯一の抜け道は、アップ・クォークとチャーム・クォークの質量の違いだ。両者の質量が等しければ2つの過程は正確に相殺するのだが、質量が異なる分だけ余分があってもよい。チャーム・クォークの質量は 1 GeV 以上あって、アップ・クォークの 5 MeV 程度と比較すると200倍も大きい。この違いが小さいながらも有限の差を生む。それが中性K中間子の混合を生むわけだ。

こうして起こる中性K中間子の混合の強さを、実際に計算して精密に予言することは、実は非常に難しい。おおよそのストーリーは以上の通りなのだが、実際の計算では、クォークに常にまとわりつくいくつものグルーオンのことを含めないといけない。それらが集まって最終的にパイ中間子2個の状態やその他のいろんな状態が作られるのだが、量子力学の原理にしたがって仮想的に現れるそういういろんな状態をすべて計算して足さないといけないので、この計算は非常に難しい。それこそ格子QCDシミュレーションを使わないとどうにもならない。それどころか、格子QCD計算にとってもかなりの難問になる。これについては後日。

ともあれ、K中間子混合が起こることはわかった。正確にはわからないがゼロではない。だが、これで一安心、K中間子の崩壊にみるCP対称性の破れが説明できた、というわけではない。粒子と反粒子の混合が起こることはわかったが、それとCP対称性の破れはまた別の話だからだ。たとえCP対称性が破れていなくてもK中間子の混合は起こって、寿命の短いKショートと寿命の長いKロングに分離する。ただし、このままでは(CP-)のKロングが(CP+)のパイ中間子2個に崩壊することは決して起こらない。問題はまだここからなのだ。

2020年9月21日月曜日

裏の世界と行ったり来たり

滑車の問題がきらいだった。いくつもの滑車を組み合わせて、なかにはぶら下げたりして複雑な問題を作った人はきっと意地悪なんだと思う。ややこしいだけで、本質を理解する役には立たない。 大学に入ってからラグランジアンを使う方法を知って、すべてが簡単になったので感激した。ラグランジアンを使うとあまりにすっきりするので、理論物理学者はあらゆる理論をラグランジアンを書くところから始めるのが普通になっている。ラグランジアンさえ書いてあれば、決まった手続きにしたがって運動方程式や保存量などがわかる。あとは何でもできるでしょ、というわけだ。だが、それだけでは現象を理解することにはならない。何が実際に起こるかは、その帰結をきちんと調べてみないとわからないのだ。

粒子と反粒子が入れ替わる過程の話をするんだった。中性K中間子には、ダウン・クォーク+反ストレンジ・クォークでできたものと、その反粒子、つまり反ダウン・クォークとストレンジ・クォークでできたものがある。この間を行き来するには、弱い力の「変身チケット」を使えばよい。ちょっと考えてみよう。クォークが反クォークに変わることはできないので、この過程が起こるには、ダウン・クォークがストレンジ・クォークに、そして同時に反ストレンジ・クォークが反ダウン・クォークに変わってくれればよい。こういう反応を起こす変身チケットはあるだろうか? 実はそれらしいものがある。変身チケットには、Wボソンの放出・吸収をともなうものの他に、中性のZボソンを出し入れするものもある。グラショウ・ワインバーグ・サラム模型という理論では、Wボソンだけは閉じた理論ができず、それに似た中性のZボソンが必要になるからだ。

前回、Wボソンとつながっているのはダウン・クォークとストレンジ・クォークをある割合で混ぜたものだという話をした。グラショウ・ワインバーグ・サラムの理論が正しいなら、Zボソンもこれと同じ混ざった状態に結びついているはずだ。この混合状態を分解してみると、確かにダウン・クォークがストレンジ・クォークに変わるチケットが含まれている。なるほど。Zボソンを介してダウンをストレンジに、反ストレンジを反ダウンに変えることで、中性K中間子の粒子・反粒子混合が起きるわけか。

うまくいっているように思えるこの考察は、残念ながら間違っている。このままだとK中間子混合が起きすぎるのだ。それだけではない。ストレンジ・クォークがダウン・クォークに変わる変身チケットはゼロではないかもしれないが、極めてレアでないといろんな実験結果と矛盾してしまうので、これをそのまま受け入れるわけにいかない。この問題は次のように解決された。ダウン・クォークとストレンジ・クォークをカビボ角の分だけまぜたものがWボソンやZボソンと結びついているという話はした。これと同時に、別のやり方で、つまりカビボ角とは直交する角度で混ぜた状態もWボソンやZボソンと結びついていると考える。そう考えた上で分解してみると、ストレンジ・クォークがZボソンを介してダウン・クォークに変わる過程はちょうど相殺することがわかる。つまりそんな変身チケットは存在しない。こうして、実験結果と矛盾しない理論ができあがることになる。

この仕組みを提唱したグラショウ・イリオプロス・マイアニの頭文字をとってGIM機構と名付けられたこの理論は、実験結果を説明できるだけでなく、一つの重要な帰結をもつ。ダウン・クォークとストレンジ・クォークをカビボ角とは直交した角度で混ぜた状態は、Wボソンを介してアップ・クォークと結びつくわけにはいかない。それだとせっかくのカビボの理論が台無しになってしまう。それなら、アップ・クォークではない別の何かに結びつくことにしておけばいいではないか。それをチャーム・クォークと呼ぶことにしよう。当時はまだ知られていなかったチャーム・クォークは、こうしてその存在が「予言」された。だが、唯一の理論だったわけではなく、数ある可能性の一つという位置付けであった。実際にチャーム・クォークが発見されたのはしばらくあとの話だ。

2020年9月20日日曜日

ハンカチをハトに変えます 〜 素粒子のマジック

弱い相互作用(弱い力)の存在が、素粒子物理をややこしくしている最大の原因であると言ってもよい。まず、パリティが破れている。粒子の種類が変わる。現実の粒子と相互作用を感じる粒子がねじれている。電磁気力とからまっている。対称性の破れで質量ゼロのはずのものが有限になっている。ヒッグスという異分子がいる。そしてもちろん、組み上げてみるとCP対称性が破れる。どうだろう。ややこしいと思っていただけるのではないだろうか。ただ、ややこしいというのは、込み入っているというだけで、落ち着いて一つずつステップを踏めば何でも計算できるので、難しいわけではない。本当に難しいのは強い相互作用(強い力)のほうで、法則は単純なのだが、世界トップの頭脳が何十人も、何十年かけても計算できるようにはならなかった。彼らは問題をより簡単な問題にすりかえた上で解けたことを自慢したりするが、実際の問題を解く上では何の役にも立っていない。

弱い力は、「力」というよりも「変身チケット」と思った方がイメージしやすいかもしれない。ダウン・クォークは、Wボソンを吐き出すか吸うかすることで、アップ・クォークに変わることができる。逆もありで、アップ・クォークもWボソンを仲介としてダウン・クォークに変わる。ただし、実際の過程ではエネルギー保存則を満たさないといけないので、アップ・クォークよりも少しだけ重いダウン・クォークはアップ・クォークに遷移できるが、逆は起こらない。こういうのをベータ崩壊と言い、中性子が陽子に変わる現象のことを指す。このとき、吐き出したWボソンの面倒を見てあげないといけないのだが、この場合はWボソンが電子とニュートリノの組みに変わることでつじつまを合わせる。Wボソンはずいぶん重いので、そもそもベータ崩壊のなかでは現れようがないはずなのだが、そこは量子論なので遷移の途中に起こるいろんな状態が(たとえエネルギー保存則を満たさなくても)重ね合わさった状態が現実になる。途中にWボソンが現れる過程は非常に小さくなるが、そのせいで弱い力は弱い。この「変身チケット」はレアなので、なかなか発動せず、中性子のベータ崩壊は10分ほどもかかってしまう。中性子の半減期のことだ。

ストレンジ・クォークというちょっと変なクォークがある。ダウン・クォークの親戚で、いろんな性質が似ているのだが、質量が20倍ほどあるところが大きな違いだ。ダウン・クォークをストレンジ・クォークに置き換えたいろんな粒子はすべて測定されている。それに加えて、ダウン・クォークと(反)ストレンジ・クォークでできた粒子もある。本稿の主役はこの中性K中間子だ。

ストレンジ・クォークも、ベータ崩壊と同様にWボソンを出してアップ・クォークに変わることができる。ただ不思議なことに、ここで働く弱い力の変身チケットはダウン・クォークに働くものよりもさらに弱い。おかげで、ストレンジ・クォークを含む粒子は全般に寿命が長く、測定器のなかで飛跡を残すことができる。ダウン・クォークと似た性質があるのに、変身チケットがレアなのは、こう理解されている。実は、弱い力の変身チケットでアップ・クォークと結びついているのは、ダウン・クォークとストレンジ・クォークをあるやり方で重ね合わせたもので、その割合はダウン・クォークのほうがずっと多く、ストレンジ・クォークが少しだけになっているのだ。同じことを別の言い方であらわしてみよう。ダウン・クォーク成分をX軸に、ストレンジ・クォーク成分をY軸に取ってみる。この平面の中で、アップ・クォークとつながっているのは、X軸から13度だけ傾いた組み合わせだ。ほとんどダウン・クォークだけなのだが、ストレンジ・クォークも少しだけ混ざっている。変身チケットは不公平にできているらしい。

この13度という角度には名前がついていて、カビボ角という。これを拡張したものを小林・益川行列というのだが、それはまた後日にしよう。

2020年9月19日土曜日

命名「ゾンビ粒子」〜 中性K中間子

宇宙には粒子ばかりで反粒子が見つからない。それはなぜか。未解決の大きな謎だ。そういう話を聞くことがある。その前提には、粒子が反粒子に勝手に変わることはなく、反対に反粒子が粒子に変わることはないという法則がある。実際、これは非常によい精度で確認されているいて、ゾンビではあるまいし、目の前の粒子がいつの間にか反粒子に変わってしまうことはない。中性K中間子という例外を除いては。

中性K中間子は、ダウン・クォークと反ストレンジ・クォークがくっついてできている粒子のことだ。この粒子には反粒子が存在する(中性反K中間子)。それぞれのクォークをその反粒子に取り替えたもので、反ダウン・クォークとストレンジ・クォークをくっつけたものだ。いずれも電荷をもっていない(つまり中性)粒子なので、ただ見ていても区別はつかないのだが、崩壊してできた粒子を見れば判別できるときもある。中性K中間子で驚くべきことは、粒子と反粒子が量子力学でいう波動関数の「重ね合わせ」にしたがって重なりあっていることだ。重ね合わさった状態は、ある瞬間にどちらが実現するのかを言うことはできない。重なった状態こそが物理的な「実在」ということになる。中性K中間子の場合には、元の状態をあらわす波動関数と反粒子の状態をあらわす波動関数を足した(1対1で重ね合わせた)ものが一つ、両者を引いた(1対マイナス1で重ね合わせた)ものが一つ、という2つの状態が実現する。一方は寿命が短く、1センチメートルほど走ってすぐに壊れてしまう(「Kショート」と呼ばれる)。もう一方は寿命が長く、何十メートルも飛ぶことができる(「Kロング」と呼ばれる)。

粒子と反粒子を取り換えたときに状態がどう変わるかをあらわすために、両者を入れ替える変換を CP 変換と呼ぶことにしよう。反粒子は、時間を逆に進む粒子と考えることもできるので、CP 変換は時間反転に相当する。実は、さきほど登場した Kショートと Kロングは、この CP 変換をしたときに、波動関数の符号が変わらないもの(CP+) と符号が変わるもの (CP−)、と理解できる。Kショートはパイ中間子2個に壊れるが、Kロングはパイ中間子3個に壊れる。これは、パイ中間子2個の状態が CP+ であり、パイ中間子3個だと CP− であることに由来する。元の中性K中間子の質量が同じなら、パイ中間子2個に壊れたほうが生成できる運動量が大きくなり、その分崩壊しやすくなる。だからすぐに崩壊する。つまりKショートだ。実験では中性K中間子を同時に数多く生成するが、Kショートはすぐに壊れてなくなってしまい、遠くまで飛ぶのはKロングだけになる。

さて、本題はここからだ。遠くまで飛んで出てきたKロングをもう少し詳しく見てみると、わずかだがパイ中間子2個に壊れるものがある。500個のうち1つくらい。Kロングは CP− のはずだ。一方で、パイ中間子2個の状態は CP+ のはず。CP が変わったのか。これが有名なクローニンとフィッチの実験で、1964年のことだ。

CP対称性というのは、時間の流れる向きを逆にしたときに物理法則が同じかどうかを表すものだ。力学の法則や電磁気学の法則もそうだが、物理法則は CP 変換をしても変わらないと思われていたが、この実験結果はそれを壊しているように見える。CP対称性は破れている。これはどうしたことか。

 

2020年9月18日金曜日

素粒子物理学最大の難問

そもそも本稿を始めようと思ったときの目標は、クォークの性質について大学生くらいを対象にできるだけ噛み砕いて、かつ正しく伝えるということだった。量子力学の初歩から始めて少しずつ階段を上るようにクォークへの理解を深めていくというつもりだったのだが、ずっとさぼっていたせいで、むしろ一番難しいところから始めることになってしまった。そういうわけで、以下はむしろ大学院生向けかもしれない。

 

アメリカの友人たちによる記念碑的な論文が出版された。https://doi.org/10.1103/PhysRevD.102.054509 K中間子の崩壊で測定されたCP対称性の破れを理論的に計算することに成功した。これを「記念碑的」と呼ぶのには理由がある。直接的CPの破れと呼ばれるこの量が、Fermilab の KTeV と CERN の NA48 実験的に確認されたのは2000年前後のことなのでもう20年前のことだが、その後この測定が素粒子標準模型の基本パラメタの決定に活かされることはなかった。理論的計算が難しすぎて基本パラメタとの関係がまったくわからず、どうにもならなかったのだ。直接的CPの破れがゼロではないということはわかったが、素粒子模型の理解という点ではほとんど役に立たない実験結果として20年が過ぎた。その状況がこの計算により初めて覆り、素粒子標準模型を検証する一群の測定の一つに数えられることになった。

では、この何が難しかったのか。理由はいくつもある。K中間子が2つのパイ中間子に崩壊する過程を理解するには、弱い相互作用(弱い力)で起こるクォークの遷移に加えて、強い相互作用(強い力)が支配する中間子のダイナミクスを理解する必要がある。しかも、強い力の場の量子論としての性質が強く現れた崩壊過程であるために、素朴なクォーク模型はもちろん、カイラル有効理論や、その他の人為的な模型による計算はことごとくうまくいかなかった。弱い力と強い力の交差点で、難しさが何重にも折り重なった量。それが、K中間子の直接的CPの破れだ。

強い力は高エネルギーの粒子散乱実験では力が弱くなって理論的に扱いやすくなる。一方、K中間子の崩壊のような低いエネルギーではファインマン・ダイヤグラムを使った摂動計算が使えなくなるために、信頼できる理論的計算の手段は限られ、格子量子色力学(格子QCD)という理論のシミュレーションが、散乱や崩壊を計算する唯一の方法となる。格子QCD計算のなかでもK中間子崩壊の計算は飛び切りの難問としてこれまで我々の前に立ちふさがってきた。どこが問題なのか、いくつかあげてみよう。

  • 格子理論が苦手とするカイラル対称性が本質的に重要な量である。カイラル対称性を持たない理論を使うと、弱い相互作用から出てくる演算子が他の演算子と量子効果によって混ざってしまい、欲しい量だけを取り出すことが困難になる。 
  • 終状態が2つのパイ中間子からなる状態である。格子QCD計算で、2つのパイ中間子を用意すること自体はできる。ところが、2つのパイ中間子の相対的運動量を決まったものに固定することが難しい。これは、本質的には格子計算はユークリッド化した空間上で行わざるを得ないことに起因する。格子上ではエネルギー保存則が「成り立たない」。どうやって必要なものだけを取り出すのか。
  • もう一つ、格子理論が(虚時間をもつ)ユークリッド空間での計算であることからくる問題として、散乱の振幅を直接は計算できないということがある。ユークリッド空間ではいくら計算しても実数しか出てこない。実空間での散乱振幅(散乱の位相差といってもいい)をどうやって読み取るのか。
  • 格子QCD計算がもっとも苦手とするのは、クォークと反クォークが対消滅できるような状態である。2つのパイ中間子からなる状態は、すべてのクォークと反クォークが対消滅して消えてしまうような成分が含まれており、実はこれが本質的な役割を果たす。格子QCDのモンテカルロ・シミュレーションでは、こういう状態の統計誤差が大きくなってしまって信号が見えなくなる。

これらの問題を克服した結果が上記の論文に結実している。「記念碑的」な研究と紹介したのにはそういう意味もある。上記の論文の著者の一人でもっともシニアな研究者の Soni 博士は、こういう計算を目指して30年以上も前から研究に取り組んできた。Christ 博士は、格子QCD計算のために計算機開発にまで取り組んできた先駆け的存在だ。非常に強力なメンバーとともに情熱を失うことなく長年にわたって研究を続けてきた結果がここにある。そういう意味でも感動するような成果だと思う。

次回から数回にわたって、これがどういう問題なのか、どのように解決されたのかを紹介してみたい。残念ながらこれらは大学生向けというより大学院生向けになってしまうかもしれない。

2020年5月27日水曜日

クォーク

クォークとはある種の素粒子のことだ。見つかったのは1970年代のこと。見つかったというのはおかしな表現かもしれない。クォークは陽子や中性子というあらゆる物質の部品のなかに潜んでいるものなので、ずっと前から私たちの目の前にあったわけだ。それでもあえて見つけたというのは、陽子の中をのぞいて見たのが初めてだったということで、するとそれまで気づかなかったものを見つけてしまったというわけだ。

クォークという「概念」を発明したのはマレー・ゲルマン(1929〜2019)、1960年代のことだった。当時見つかっていたいろんな粒子を分類するある種の記号として、クォークは発明された。それが実体だと認識されるのはしばらくあとになる。実のところ、現在でもクォークを実在する素粒子と認めない専門家もいるかもしれない。なにしろ1個のクォークを取り出して実験で観測できたことはこれまで一度もない。そういう意味では、「見つかった」と言ったのは間違いで、痕跡というか状況証拠があるにすぎない。それでもさまざまな実験結果から、理論的に想定されるクォークがそこにあるのはほぼ間違いないので、それをもって私たちはクォークのことを「素粒子」と呼んでいる。

このあたりの事情が、クォークの理解をずいぶん難しいものにしている。実在する何かではあるが、取り出してみることはできない。そういうよくわからない何かの「理論」あるいは「基本法則」とは何だろうか。現在、クォークは「量子色力学」という一つの強固な枠組みで理解されることがわかっている。ある場合には精密計算も可能だ。ところがどんなことでも計算できるかというと、量子色力学の理論は複雑すぎてとても数学的に手に負えず、実のところ計算できることは非常に限られている。ここに素粒子理論と現実との断絶があり、それは(いくらかましになったとは言え)いまも変わっていない。おかげで、素粒子物理学の専門家と言われる人であっても実はとんでもない誤解をしていたり、そもそも全然わかっていないと思われることすらある。

もちろん専門家になるには分厚い本を粘り強く読み進んで全体像を理解する努力は不可欠なのだが、自分のことを振り返ってみても、この本を読んで全体の様子がわかったと思える教科書に出会ったことはない。量子色力学の教科書はいくつもあるが、それはクォークの見せるいろんな側面の一部をカバーしているにすぎない。なぜかというと、量子色力学から出発して教科書に書けるような計算で理解できることが非常に限られているから。全体像を知るにはもっといろんな道具の助けを借りる必要がある。

そういういろんなことを、難しい数学や計算を追うことなく説明することはできるのだろうか。それを試してみたいというのがこの文を書くきっかけだった。ちょっと無理そうな気もするし、きっと行きつ戻りつのとりとめのない話になるだろう。私の性格を反映して。