2021年2月20日土曜日

アノマリーと右巻き・左巻き

もう少しアノマリー(量子異常)について考えてみたい。

量子電磁力学(QED)には、電荷の保存という際立った性質がある。電子がもつ電荷は、電子が飛んでいる間に増えたり減ったりしない。唯一の例外は、反粒子(つまり陽電子)と出会ったときで、電子と陽電子は対消滅して消えてしまう。これとて、電子の電荷を−Q、陽電子の電荷を+Qと呼ぶことにしておけば、両者を足したもの −Q +Q = 0 は変わらないので、電荷の保存はやはり成り立っている。何をあたりまえのことを、と思われるだろうか。ちょっと違う量を考えるとあたりまえでなくなる。右巻きの電子の数から左巻きの電子の数を引いた数を考えてみよう。電子の走る進行方向に対して、電子の自転(スピンともいう)がどちら向きかを考えると右巻きと左巻きに分けることができるので、その差はどうなるかという問題になる。ちなみに和のほうは電子の数なので、電荷と同じで保存する。さて、右巻きと左巻きの数の差だが、これは電子が質量をもっていると保存しない。質量とは右巻きを左巻きに、左巻きを右巻きに入れ替える効果のことなので、これは仕方ない。では、質量ゼロの電子を考えてみよう。右巻きと左巻きの差は保存するだろうか。

そもそも電磁相互作用には、電子の自転の向きを変えないという性質がある。電子がクーロン相互作用で他の電荷から力を受けても、右巻きは右巻きのまま、左巻きは左巻きのままにとどまる。そういう意味で、右巻きと左巻きの差はやはり保存する。ちょうど電荷の保存と同じことで、もし電子の質量がゼロなら右巻きと左巻きはあたかも別々の粒子であるかのように、それぞれの数が保存することになる。ただし、アノマリーさえなければ。

ここに前回紹介したアノマリーが登場する。電子を、ある特別な電場と磁場のなかに置いてやると、アノマリーのおかげで右巻きが左巻きに移ることがある。これは量子効果であって、通常の電磁気学(マックスウェル方程式)のままでは起こらない。量子化したときに発散を取り除く操作をしたときに出てくるのがアノマリーだが、それが電子の回転する向きを変えることになる。これは角運動量を変えることになるので、背景の電磁場がその角運動量を供給してくれないといけない。こういうことが起こるのは電場と磁場が並行にそろったような特別な場合なのだが、それは細かい話だろう。覚えておくべきことは、アノマリーは右巻きと左巻きを混ぜるということだ。

ここで、「あれ? 右と左を混ぜるということは、質量を与える効果と同じじゃない?」と思った読者は非常に鋭い。QED の真空には背景電磁場は何もないので、アノマリーを通じて真空中で何かが起こるわけではない。一方、クォークが関係する量子色力学(QCD)では話が違ってくる。以前にも紹介したように、真空中はQCDのゲージ場(グルーオン場)で沸きたっている。グルーオン場は、電磁気学での電磁場に相当するものなので、要は真空中に電磁場みたいなものがいっぱい沸きたっているということになる。その中にはアノマリーに効くような特殊なものもあるので、ちょうどそういうグルーオン場に遭遇したクォークは、右巻きから左巻きに、あるいは左巻きから右巻きに変わることができる。これは、クォークに質量が生まれたのと同じことだ。つまり、クォークはアノマリーを通じて質量を獲得できる。そして、この「特殊な」グルーオン場というのが、実は以前にも紹介した「インスタントン」というやつだ。

クォークが質量をもつことと、η’粒子が大きな質量をもつことは、似ているようで異なる。 一方は、クォークの右巻きと左向きが入れ替わる話なのに対して、もう一方は、クォークが反クォークとペアになって消えてしまい、グルーオン場だけが残ったような何かだからだ。いずれにしてもQCDのゲージ場の存在、しかもインスタントンという特殊なグルーオン場が鍵を握ることになる。

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