2021年2月6日土曜日

アノマリーの異常な世界

アノマリー(=異常)という名前がよくないんだと思う。場の量子論を最初に学んだときには、それがどれだけ重要なのかピンときていなかった。なんかうまくいかないことでもあるんだろうな、まあ後でもいいか、そんな感じで素通りしてしまった。ほんとうは場の量子論のもっとも奥深い部分だと言ってもいいのかもしれない。いまもアノマリーに関係する、あるいはアノマリーを使う理論研究が次々と出てくる。正直に言うと、私は全然ついていけていないし、いまでもアノマリーの本当の意味をわかっていないんだと思う。とは言え、ここを避けて通るわけにもいかない。説明を試みてみよう。(アノマリーにもいろいろあるが、ここではいわゆる軸性アノマリーのことを指す。)

η’(エータ・プライム)中間子がパイ中間子よりもずいぶん重い、その理由には量子異常が深くかかわっている。量子異常とは、理論がもともと持っている対称性が「量子化」によって壊れてしまうこと。対称性とは、いまの場合、右巻きのクォークと左巻きのクォークを、それぞれ逆向きに位相回転する変換によるものを考える。クォークの質量というのは、右巻きと左巻きを混ぜる度合いのことを言うので、もしクォークの質量がゼロならクォーク場が満たすべき方程式は、この位相回転をおこなっても形が変わらない。この対称性が自発的に破れるかどうかが、クォークが勝手に質量をもつようになるかどうか、そしてさらにパイ中間子やエータ・プライム中間子が軽くなるかどうかを決めることになる。

「クォーク場が満たすべき方程式」と言った。ただし、量子論では方程式がすべてではない。量子化とはゆらぎを取り入れること。クォーク場も方程式にしたがって動くだけでなく、いろんな揺らぎを含むありとあらゆる可能性をすべて波動関数のなかに取り入れることになる。ここに発散という新たな問題があらわれる。場のゆらぎを波の波長で表現することにしよう。波長の長いゆらぎから、波長の短いものまでいろんなゆらぎを取り入れることになるが、空間には「最小の単位」というものはないので、ゆらぎの波長にも最小のものはなく、どこまでも短い波長のゆらぎが加わることになる。これをすべて加えていくと発散してしまうので、どうにかするために「くりこみ」が登場する。雑な言い方をすると、波長の短いゆらぎを足すのをどこかでやめるということだ。空間に最小の単位を設定してそれより短い波長の波は考えず、その範囲内で何とかする。そういう話だ。ところが、ここで問題が起こる。量子化によるゆらぎを取り入れつつ右巻きと左巻きのクォークに逆の位相回転を加えると、余計なものが生まれてしまうのだ。

余計なものとは何だろうか。ここから話がややこしくなる。ある波長より短い量子ゆらぎを取り入れるのをやめると言った。これを右巻きと左巻きのそれぞれについて、同じように適用する。自然界に右と左の区別はないので、ゆらぎを取り入れるモード(異なる波長をもつ波)の数は右も左も同じになるはずだ。ここに問題がある。もしこのクォーク場の背景に電場と磁場が加わっていたとしよう。磁場があると右回りと左回りの電流が異なるふるまいをすることからもわかるとおり、磁場がある空間には右と左の区別が生じる。このとき、クォークの右巻きモードと左巻きモードは、異なるエネルギーをもつことになる。別の言い方をすると、ゆらぎを取り入れる波長の限界を元と同じにしておくと、存在するモード数が右巻きと左巻きで異なってくる。おかげで、もともとあると思っていた右と左の間の対称性が壊れてしまうことになる。それをあらわす部分をもともとあった方程式に付け加えないといけない。これがアノマリーだ。

ごく短距離での量子化の切り捨て方の違いなんて大したことではないと思われるかもしれない。ところが、これには現実的な意味がある。中性パイ中間子はほとんどが光子2個に崩壊するが、この崩壊はアノマリーがあるからこそ起こる。ごく短距離での理論の変形が、低エネルギー(あるいは長距離)での物理現象に実際に寄与する。これがアノマリーの不思議なところだ。

電場と磁場があるとき、と言ったが、これと同じことは量子色力学のグルーオンがつくる色電場、色磁場に置き換えても成り立つ。η’中間子は、光子2個に壊れるのではなくグルーオンの色電場・色磁場に化けることで質量をもつ。そういうストーリーだ。


0 件のコメント:

コメントを投稿