2020年11月21日土曜日

パイ中間子を2つ

核力を媒介する粒子ということで湯川秀樹が予言したパイ中間子。宇宙線のなかからそれを見つけたのはセシル・パウエル、戦後まもなくの1946年のこと。というのは何となく学んで知っていたが、パウエルの元で働いて主要な貢献をしたのはブラジル人のセザール・ラッテスだった。実際、発表論文の筆頭著者はラッテスになっているそうだ。ブラジル人のポスドクが教えてくれた。

いまとなっては、パイ中間子は力を媒介する粒子というよりも、クォークと反クォークがくっついてできた数多くある中間子の一つだ。陽子・中性子の間にはたらく力は、クォークとグルーオンが複雑にからみあってできているので、湯川が考えたよりも本当ははるかにややこしい。クォークは一つだけが陽子の外に出てくることはないし、グルーオンもそうなので、そもそも核子(陽子と中性子のこと)の間の力は、両者が接するくらいぎりぎりまで近づかないとほとんどはたらかない。核子の半径は1フェムト・メートル(原子の大きさよりもさらに5桁小さい)くらいで、原子核の中での核子間の距離はその2、3割大きい程度なので、原子核の中では核子同士が実際にぎりぎりに近づいて、くっつきあったお団子のような状態になっている。これくらい短距離での核力を考えるときに、パイ中間子をやりとりしているというのは、なかなかイメージしづらい。そもそもパイ中間子も1フェムト・メートル弱の大きさをもっているので、小さな粒子をやりとりするというよりも、全体を覆う雲のような存在だと思ったほうが実態に近いのだと思う。

さて、それでもとにかく核子の間には核力がはたらく。その実体は、核子の中にいるクォークやグルーオンの交換だ。陽子と中性子がごく近くにいたとしよう。陽子の中の、例えばアップ・クォークを相手の中性子に渡して、代わりにダウン・クォークをもらったとする。すると陽子は中性子に変わるが、相手側の中性子はダウン・クォークを手放してアップ・クォークをもらうので陽子に変わる。結局、陽子と中性子というペアであることに変わりないが、こうしてクォークを交換するときのエネルギーが、何もしないときよりも小さくなるなら両者には引力がはたらくことになる。近づいたほうがエネルギー的に得になるからだ。逆にクォーク交換でエネルギーを余計に必要とするようだと斥力がはたらく、つまり近づきたがらない。おおざっぱに言うと、これが核力がはたらく仕組みだ。クォークを一つずつ交換するというこの様子は、まるで中間子が飛んでいるように見えるので、湯川の考えた核力は、クォーク交換のある種の近似になっている。

核力がはたらくのは核子の間だけではない。中間子の間でもはたらく。中間子のなかにもクォークがあるので、それらを交換することができるだろう。ほかにもグルーオンを交換することだってある(核子の場合だってそうだ)。だから、パイ中間子が2個あると、それらの間でもちゃんと核力がはたらくわけだ。

何をくどくど言っているのかと思われるだろう。これから考えてみたいのは、K中間子が2つのパイ中間子に壊れる過程だ。これは、ストレンジ・クォークが、弱い相互作用を通じてアップ・クォークとダウン・クォーク、反アップ・クォークの3つに分かれてしまったときに起こる複雑な過程で、その周囲にはいっぱいグルーオンがまとわりついている。こんなややこしい過程を計算する上で前提になるのは、そもそも出てきたパイ中間子2個の状態をちゃんと理解できることだ。両者のあいだには核力がはたらいている。この状態を格子QCDでシミュレーションするにはどうすればいいだろうか。

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