2020年12月20日日曜日

中間子はクォークの束縛状態、ではないかも

 陽子や中性子、それにさまざまな中間子はクォークがつくる束縛状態だと言われる。中間子は水素原子のようなもので、クォークと反クォークがお互いに引力を及ぼしあってくっついている。実際、そういうものだと思って量子力学の問題を解いてみると、中間子のスペクトルをある程度再現することができる。特に、比較的重いチャーム・クォークやボトム・クォークがつくる束縛状態のエネルギー準位は、現実のものをかなりよく再現できる。一方で、こういう見方ではまるでうまくいかないものもあって、その一つがパイ中間子だ。パイ中間子は、クォークがもっている(と想定される)質量よりも軽いので、束縛状態と考えるのはそもそもかなり無理がある。パイ中間子が軽い理由は自発的対称性の破れであって、束縛状態だというのは間違いないが、それほど単純な話ではない。(クォークがどうなってパイ中間子を作っているのかについては、しばらく前に少し詳しく紹介した。)

クォークの束縛状態を考えていてはわからなくなる問題がほかにもある。パイ中間子の仲間なのに、ずいぶん重いη’(エータ・プライムと読む)という中間子だ。スピンやパリティといった性質はパイ中間子と同じなので、同じように軽くなってもよさそうだがそうではなく、実際には7倍ほど重い。この粒子の特徴は、同じ種類のクォークと反クォークが入っていて、それらがお互いに対消滅することができるという点にある。パイ中間子では、例えばアップ・クォークと反ダウン・クォークというように、種類の違うクォークが組になっているので粒子と反粒子が出会って消えてしまうということは起こらないが、エータ・プライム中間子のなかではそれが起こる。そのときに残されるのは背景ゲージ場の塊で、グルーオンの塊と呼んでもよい。そういうのができて、またすぐにクォーク・反クォーク対を生成する。そういうことが内部で起きていると思われる。水素原子のような束縛状態とはずいぶん違うというのを想像していただけるだろうか。ここにはまた量子異常やインスタントンといったややこしい話がかかわってくるのだが、それはまたいずれ。

こういう状態を格子QCDで計算するというのは、またやっかいな話になる。格子QCD計算のなかで基本になるのは、背景ゲージ場のなかを伝わっていくクォークの場なのだが、エータ・プライム中間子の場合には、クォーク場が直接伝わっていくのではなく、それが反クォークと一緒に消えて、さらにまたクォーク場と反クォーク場を作り出すというややこしいプロセスを経る。反クォークの場というのは、クォーク場と同じもので時間を逆向きに伝わるものと考えればよいので、これはちょうど、ある点から伝わっていくクォーク場がまた元に戻ってくるのに相当する。さらにまた空間のどこかで勝手に生まれたクォークと反クォークの場が別の点にまで伝わっていく。これが何度も起こる。こういうのを計算しないといけない。おかげで、エータ・プライム中間子の計算は、パイ中間子よりもはるかに時間がかかる大変な話になる。そして、出てきた結果も誤差が大きい。ここではなかなか精密計算と呼べる段階にまでは到達しそうもない。

このようにクォークが途中で反クォークと出会って対消滅するような過程は、他にもいろんなところで起こり、そこではクォークの束縛状態と考えるとうまくいかないことが多い。量子色力学の特徴とも言えるこういう状態は、格子QCD計算にとっても難問だ。この話を長々としてきたのは、これがK中間子崩壊にもあてはまるせいだ。次回はそのことを紹介してみたい。

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