2020年12月5日土曜日

ゴミ箱を広げてみると...

研究というものは、うまくいくことはほとんどない。だからよい結果が出なくても悲観しなくてもいい。学生さんたちにはそう言うことにしている。でも私自身が内心がっかりしているのが顔に出ているかもしれない。

何かをやってみようというとき、「これができたらすごい」とか「誰もやってないし、いまやったら画期的」とかいろいろ想像して、ついでに論文がアクセプトされたりセミナーに招かれて称賛されるところまで想像して研究を始めたりする。それが翌日には、ただの勘違いだったり、全然うまくいかなかったりするのもいつものことだ。あたりまえの話で、自分が天才でない以上、ちょっと考えてできるようなことはとっくに誰かがやっていて、残った問題は重箱の隅にあるどうでもいい問題か、どうしようもない難問ばかりだ。そんななかで自分の特色を出していかないといけない。研究を職業にするのはつらい話ではある。(ついでながら、翌日に気づくというのは賢い証拠(!)で、これが翌週だったり翌月だったりすると、研究は全然進捗しないということになる。それでは商売にならない。)

虚時間を導入して得られた格子QCDのデータは、時間とともに複素位相が回転する本来の波動関数ではなく、時間とともに減衰する波動関数だ。そこから読み取ることのできる情報は、まずはエネルギー最低の状態。これは十分に時間がたつと他の状態はすべて先に減衰してなくなるので自然と得られる。では、他には? 本当ならこの波動関数はいろんな状態の重ね合わせでできていて、うまくやればどんな状態がどれだけ入っているか読み取れるはずだ。そう、原理的には。その情報は減衰の速さの中にすべて畳み込まれている。減衰の速さの微妙な違いを仕分けることができれば、エネルギースペクトルが得られる。

というのは、もちろん最初から誰もがわかっていた。だからもう30年前とかに試してみた人もいる。数学的には簡単な話だ。スペクトル(ある決まったエネルギーをもつ状態の数)を求めるには、いろんな異なる時刻の波動関数を足したり引いたりすればいい。うまい組み合わせを作ると、ちょうど望みの減衰率をもつ状態を取り出すことはできる。やってみると、異なる時刻の差によって100万1ー100万=1を求めるような、とんでもない相殺のあげく結果が得られることがわかる。もともとあったデータにも誤差(ノイズ)があるので、これではまともな答えは得られない。だからこの問題は忘れ去られた。

ところが、こういう難しい問題には、いろんな人が違う角度からチャレンジするもので、何度も取り上げられてきた。一番簡単なのは、減衰率が異なる状態が2つとか3つとかあると思って関数を作り、データにあてはめて減衰率(つまりエネルギー)を求めるやり方だ。これはそれなりにうまくいく。問題は、こうして得られたエネルギーと実際のスペクトルが対応している保証がないことだ。該当するエネルギーの近くには、本当はいくつも状態が隠れていて、それらをまとめたものがたまたま得られただけかもしれない。実際、予想されるエネルギーとは全然違う結果が得られることは多く、それどころかやるたびに結果が変わることすらある。結局、こうして得られた励起状態のエネルギーは「ゴミ箱」と呼ばれて、いろんなゴミを詰め込んだものがわかっただけだ、ということになるのが普通だ。

他にもいろんなやり方が「発明」された。最大エントロピー法とか、ベイズ統計にもとづく方法は、統計的にはこうなるべきだ、という知識(というか願望)をインプットして、データのあてはめを手助けする。そうして得られた結果はある程度もっともらしく見えることもあって、そこから何らかの予言を引き出そうという話につながる。ただし、正しいことが保証されているわけではないのに加えて、ナンセンスな結果が得られることもあって、解決策というにはほど遠い。そもそも、真の情報を得るには大きな相殺を必要とし、それはノイズで埋もれている以上、もともとそこに存在しない情報を引き出そうとしていると考えるべきなのかもしれない。

ではどうするのか。他にもいろんな方法が提案されては、それらの良し悪しが議論され、そのためのワークショップが開催されたりしている。今後もそういう状況が続くだろう。私の感覚では、これは実りのない作業だ。そもそも手にしているデータに、欲しい情報は含まれていない。むしろ残った情報からどんな有用な結論を導けるかを考えた方がよい。(もちろん、私の言うことなので間違っている可能性は大いにある。どこかに画期的なアイデアはないかなあ。)

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