2020年10月24日土曜日

本当の闘いはこれからだ

LHC = 大型ハドロン衝突器という、妙に名前に工夫のない加速器がある。もちろん、ヨーロッパの CERN にある世界最大の加速器のことだ。陽子の束を2つ用意し、互いに逆向きに加速して正面衝突させる。陽子の中にはクォークやグルーオンがいくつもいるので、クォークとクォークがぶつかったり、グルーオンとクォークがぶつかったり、いろんなことが起こる。実際のところ、あまりにいろんな種類の衝突が起こり、そのほとんどは何の役にも立たないゴミの山だ。ごくまれにヒッグス粒子が生成されたりして、本当に調べたいのはそこなので、ゴミの山を避けて知りたいものだけを抽出する装置に工夫がこらされる。

あわれなことにゴミ扱いされてしまった衝突イベントでは何が起こっているのだろうか。例えば、逆方向からやってきたクォークとグルーオンがちょっとかすって通り過ぎる。それでも衝突エネルギーはむやみに大きいので、元からあった陽子を壊すには十分だ。陽子の中で衝突には参加しなかった他のグルーオンなども、ぶつかって弾き出されたクォークに引っ張られてついていこうとする。ただ、慣性があるので皆が素直についていくわけにもいかず、バラバラに壊れる。壊れて出てこようとするクォークやグルーオンは、困ったことに単独では存在できず陽子や中間子などの束縛状態を作らないと生き延びることができない。そこで、仲間を探して束縛状態を作ろうとする。ここでまた量子論のおかげで妙なことが起こる。周囲に仲間が見つからないクォークでも、真空から勝手に生まれたクォーク・反クォーク対から反クォークだけを相手として取り出して中間子を作ることができる。そうすると真空中から呼び出されたあげく余ってしまったクォークは、やはり一人ではいられないので、また真空から出てきたクォーク・反クォーク対から、というように延々と繰り返すことになる。真空から粒子をくみ出すにはエネルギーが必要なので、もともと持っていた運動エネルギーをそこに費やして、エネルギーがなくなるまで続くことになる。結果として起こるのは、いくつかの陽子や中間子がばらばらと出てくるイベントだ。

こうしたイベントの起こる確率を正確に計算する手段はいまのところ存在しない。あまりにも複雑で手に負えないせいだ。これを我々がゴミと呼ぶのは、理論家が負けを認めたくないためだと言うと言い過ぎだろうか。

主題に戻ろう。K中間子の崩壊の話だ。K中間子の多くは、パイ中間子2個に壊れる。そのきっかけは弱い力で、K中間子の中のストレンジ・クォークが W ボソンを出してアップ・クォークに変わるところから始まる。ここで出てきた W ボソンは、ダウン・クォークと反アップ・クォークを作る。ややこしくなってきた。少し整理しよう。もともとはストレンジと反ダウンだった。それが、アップ、ダウン、反アップ、そして元々あった反ダウン、という4つのクォークに変わることになる。ここから中間子を作るには、アップ・反アップ、ダウン・反ダウン、という組み合わせと、アップ・反ダウン、ダウン・反アップ、という組み合わせが考えられる。実際、これらはどちらも存在し、前者は中性パイ中間子2個、後者は荷電パイ中間子2個(プラスとマイナス)に相当する。この崩壊では、真空からクォーク・反クォーク対をくみ出す必要すらなく、相手を見つけることができた。これはラッキーな場合ではある。実際、K中間子がパイ中間子3個に壊れることもある。クォーク・反クォーク対を真空からもう一つ作り出してパイ中間子を一つ加えるわけだ。

さて、K中間子がパイ中間子2個に壊れる過程、これは LHC での陽子陽子衝突から出てくる数多くの粒子と比べると、かなりシンプルな話のように思える。では、これなら理論的に計算できるだろうか。つまり格子QCDで計算できるかという問題だ。実はそれが大変な話になる。少しずつみていくことにしよう。

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