2020年10月3日土曜日

荒波のなかを漕ぎ出すクォーク

ファインマン・ダイヤグラムというのがある。クォークが飛んできてグルーオンを放出し、そのグルーオンを他のクォークが吸収してまた飛び去る様子を矢印のついた線や波線であらわす。場の量子論の摂動計算は、このダイヤグラムを描いて対応する数式を当てはめていけばできるというとても便利なものだ。毎日こういう図を見ていると、実際のクォークもこんなふうにグルーオンを「キャッチボール」して力を及ぼしあっているというイメージを持ってしまうのだが、これは現実に起こっていることのイメージとしてはいまいちだ。じゃあ実際はどうかと言われると、それはなかなかやっかいなのだが。

グルーオンをあらわす場をランダムに揺らすことで量子論を反映できるという話をした。空間中に広がった場の各点ででたらめに揺れるグルーオンの「場」ができあがった。これを無限にくり返して平均すると、量子化が完成する。これが、グルーオンのつくる「真空」ということになる。まだ何もなく、ただでたらめに揺れるグルーオン場だけがある。ここにクォークを飛ばすとどうなるか。

何もない空間にクォークを生成するにはタネをまく必要がある。このタネは強い力の理論である量子色力学とは別のところにあると思うことにしよう。反ストレンジ・クォークとダウン・クォークを作るタネ(生成演算子という)を空間の一点に置いてみる。そうすると、クォーク場のしたがう方程式(ディラック方程式のことだ)にしたがってクォーク場が広がることになる。ディラック方程式というのは、シュレーディンガー方程式を拡張したもので、要は波を表すような方程式だ。一点にタネを置くと、そこを中心にして波が広がっていく。池に石を投げ込むと波が円を描きながら広がっていく、あれと同じことだ。違うのは水面が平らではないこと。グルーオンをあらわす場はかなりでたらめに揺らいでいる。静かな池というよりも台風に襲われた外海の荒波というべきだろう。そこにタネをまくと、荒波に負けずにクォーク場が広がる。ただし、今度はきれいに円を描いて進むわけにはいかない。あっちこっちにある山や谷に引っかかったり落ち込んだりしながら進むことになる。遠く離れたところで、反ストレンジ・クォークとダウン・クォークの波がどれだけ伝わってきたかを調べてみれば、それがすなわち K 中間子を見ることに相当する。ただし、先にも話したとおり、背景になるグルーオン場はこれ一つではなく、さらにランダムに揺すぶられて変化していく。それらをすべて含めたものが K 中間子をあらわすわけだ。

クォーク場は方程式にしたがって広がると言った。あれ? 量子化によってクォーク場もグルーオン場と同じようにランダムに揺さぶられるんじゃないの? と思った人は非常に鋭い。上記では、クォークが勝手に生まれたり消えたりする量子論による効果が取り入れられていない。クォークの数は保存するので、正しくはクォークと反クォークが対を作って生まれたり消えたりするはずなのだが、それが無視されている。当面、量子化の一部をさぼってイメージをつくっていくことにしよう。クォークは単に空間を広がっていくのだ。


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