2020年9月22日火曜日

たとえ小さくてもゼロでない限り

やっぱり深入りしてしまった気がする。一般向けにはややこしすぎるし、大学院生向けにはきちんと式を追って説明しないと役に立たないのに。そう思ってふと思い出したのは、ブルーバックスの南部陽一郎『クォーク』。久しぶりに開いてみたら、なんだ、全部書いてあるじゃん。しかももっと面白い話も。本当に興味のある方は、ぜひそちらを読むことをおすすめします。とは言え、途中でやめるのもあれなので続きを。

Zボソンを通じてストレンジ・クォークがダウン・クォークに遷移する過程は禁止されている。これがGIM機構の帰結だった。でも、ちょっと待って。中性K中間子の粒子・反粒子混合には、まさにこの過程が必要なんだった。どうすればいい? 答えは、「変身チケット」を2度使うこと。ストレンジ・クォークがWボソンを放出してアップ・クォークに変わることはできる。今度はそのアップ・クォークがWボソンを吸収してダウン・クォークに変わってはどうだろう。これなら結果的に、ストレンジ・クォークがダウン・クォークに変わったのと同じことになる。2度の変身が必要なのでそれだけ確率は小さくなるが、それでも可能ではないか。

これでうまくいった気がするが、実は、GIM機構はもっと巧妙にできている。ストレンジ・クォークが一度アップ・クォークに変わってからダウン・クォークに戻る過程は、それと似たチャーム・クォークを経由する過程とちょうど相殺するようにできている。したがってこの過程はやはり起こらない。アップ・クォークとチャーム・クォークが正確に同じものならば。唯一の抜け道は、アップ・クォークとチャーム・クォークの質量の違いだ。両者の質量が等しければ2つの過程は正確に相殺するのだが、質量が異なる分だけ余分があってもよい。チャーム・クォークの質量は 1 GeV 以上あって、アップ・クォークの 5 MeV 程度と比較すると200倍も大きい。この違いが小さいながらも有限の差を生む。それが中性K中間子の混合を生むわけだ。

こうして起こる中性K中間子の混合の強さを、実際に計算して精密に予言することは、実は非常に難しい。おおよそのストーリーは以上の通りなのだが、実際の計算では、クォークに常にまとわりつくいくつものグルーオンのことを含めないといけない。それらが集まって最終的にパイ中間子2個の状態やその他のいろんな状態が作られるのだが、量子力学の原理にしたがって仮想的に現れるそういういろんな状態をすべて計算して足さないといけないので、この計算は非常に難しい。それこそ格子QCDシミュレーションを使わないとどうにもならない。それどころか、格子QCD計算にとってもかなりの難問になる。これについては後日。

ともあれ、K中間子混合が起こることはわかった。正確にはわからないがゼロではない。だが、これで一安心、K中間子の崩壊にみるCP対称性の破れが説明できた、というわけではない。粒子と反粒子の混合が起こることはわかったが、それとCP対称性の破れはまた別の話だからだ。たとえCP対称性が破れていなくてもK中間子の混合は起こって、寿命の短いKショートと寿命の長いKロングに分離する。ただし、このままでは(CP-)のKロングが(CP+)のパイ中間子2個に崩壊することは決して起こらない。問題はまだここからなのだ。

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