2020年9月19日土曜日

命名「ゾンビ粒子」〜 中性K中間子

宇宙には粒子ばかりで反粒子が見つからない。それはなぜか。未解決の大きな謎だ。そういう話を聞くことがある。その前提には、粒子が反粒子に勝手に変わることはなく、反対に反粒子が粒子に変わることはないという法則がある。実際、これは非常によい精度で確認されているいて、ゾンビではあるまいし、目の前の粒子がいつの間にか反粒子に変わってしまうことはない。中性K中間子という例外を除いては。

中性K中間子は、ダウン・クォークと反ストレンジ・クォークがくっついてできている粒子のことだ。この粒子には反粒子が存在する(中性反K中間子)。それぞれのクォークをその反粒子に取り替えたもので、反ダウン・クォークとストレンジ・クォークをくっつけたものだ。いずれも電荷をもっていない(つまり中性)粒子なので、ただ見ていても区別はつかないのだが、崩壊してできた粒子を見れば判別できるときもある。中性K中間子で驚くべきことは、粒子と反粒子が量子力学でいう波動関数の「重ね合わせ」にしたがって重なりあっていることだ。重ね合わさった状態は、ある瞬間にどちらが実現するのかを言うことはできない。重なった状態こそが物理的な「実在」ということになる。中性K中間子の場合には、元の状態をあらわす波動関数と反粒子の状態をあらわす波動関数を足した(1対1で重ね合わせた)ものが一つ、両者を引いた(1対マイナス1で重ね合わせた)ものが一つ、という2つの状態が実現する。一方は寿命が短く、1センチメートルほど走ってすぐに壊れてしまう(「Kショート」と呼ばれる)。もう一方は寿命が長く、何十メートルも飛ぶことができる(「Kロング」と呼ばれる)。

粒子と反粒子を取り換えたときに状態がどう変わるかをあらわすために、両者を入れ替える変換を CP 変換と呼ぶことにしよう。反粒子は、時間を逆に進む粒子と考えることもできるので、CP 変換は時間反転に相当する。実は、さきほど登場した Kショートと Kロングは、この CP 変換をしたときに、波動関数の符号が変わらないもの(CP+) と符号が変わるもの (CP−)、と理解できる。Kショートはパイ中間子2個に壊れるが、Kロングはパイ中間子3個に壊れる。これは、パイ中間子2個の状態が CP+ であり、パイ中間子3個だと CP− であることに由来する。元の中性K中間子の質量が同じなら、パイ中間子2個に壊れたほうが生成できる運動量が大きくなり、その分崩壊しやすくなる。だからすぐに崩壊する。つまりKショートだ。実験では中性K中間子を同時に数多く生成するが、Kショートはすぐに壊れてなくなってしまい、遠くまで飛ぶのはKロングだけになる。

さて、本題はここからだ。遠くまで飛んで出てきたKロングをもう少し詳しく見てみると、わずかだがパイ中間子2個に壊れるものがある。500個のうち1つくらい。Kロングは CP− のはずだ。一方で、パイ中間子2個の状態は CP+ のはず。CP が変わったのか。これが有名なクローニンとフィッチの実験で、1964年のことだ。

CP対称性というのは、時間の流れる向きを逆にしたときに物理法則が同じかどうかを表すものだ。力学の法則や電磁気学の法則もそうだが、物理法則は CP 変換をしても変わらないと思われていたが、この実験結果はそれを壊しているように見える。CP対称性は破れている。これはどうしたことか。

 

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