南部・小林益川のノーベル賞で沸いた2008年、私みたいなののところにもテレビ局から説明の依頼がきた。小林・益川理論について一般の人が30秒でわかるように説明してください、 と言われて、ディレクターさんに3時間説明した。(数学の)行列を使うのは禁止、複素数もだめ、シュレーディンガー方程式はもちろんだめ。どうすればいいのか。いろんな奥の手を考えたのだが、結局本番では益川先生の話がおもしろすぎて、用意していた説明は全部ボツになった。
ダウン、ストレンジとボトム・クォーク を混ぜるときの係数に複素数が残ってしまい、それがCP対称性の破れの起源になるという話をした。では、これが中性K中間子の崩壊にどのように関わってくるのかが次の問題だ。
すべては量子力学で計算しないといけない。K中間子の波動関数を用意する。それがシュレーディンガー方程式にしたがって時間とともに変化し、ある時刻にパイ中間子2個の状態をあらわす波動関数に移行する。その振幅を計算することになる。「振幅」というが、これも波動関数の話なので複素数になり、その絶対値の2乗を計算すると、その時刻にパイ中間子2個に壊れる確率を与える。複素数の絶対値の2乗であることに注意しよう。この途中で、小林益川理論にしたがって波動関数に複素数の係数がかかってきたとして、最終的にどうなるかというと、絶対値の2乗を取るので複素位相は消えて見えなくなる。現実に測定される量は確率だけなので、これでは元の木阿弥で、何も説明したことにならない。
CP対称性の破れというのは、つくづく意地悪な現象で、GIM機構のときにもそうだったが、普通ならあってもいいはずのものがある事情で相殺して消える。ここでまた一つ、複素数の絶対値の2乗のせいで、あってもよいはずのものが見えなくなってしまった。
問題を避ける鍵は、最終的なパイ中間子2個の状態が、中性K中間子からも、その反粒子の中性反K中間子からも遷移できるものだという特殊性にある。 (以降、面倒なので「中性」というのを省くことにする。)K中間子は、ダウン・クォークと反ストレンジ・クォークが結びついたもの、その反粒子は反ダウン・クォークとストレンジ・クォークが結びついてできている。いずれも崩壊するときには、(反)ストレンジ・クォークがWボソンを介してアップ・クォークに変化することが引き金になる。このとき、余分に出てきたWボソンは、マイナスの電荷をもっており、ダウン・クォークと反アップ・クォークを生成する。そうすると、中性反K中間子の崩壊で最終的でできるのは、アップ・クォークとその反粒子、ダウン・クォークとその反粒子、という組み合わせになることがわかる。中性K中間子について同じことをやるのは簡単で、すべてに「反」をつければよい。「反」が2個ついたら元にもどることを忘れずに。 最終的な状態は、粒子と反粒子をすべて入れ替えても元にもどることに注意しよう。だからこそ、K中間子とその反粒子のいずれからでも移行できるということになっている。
このことがわかれば、K中間子の崩壊には2通りの道があることがわかる。一つは、K中間子が直接パイ中間子2個に以降する道。 もう一つは、K中間子が一度反K中間子に移行し、その後にパイ中間子2個に以降する道だ。波動関数を計算するときには、両者を計算して足さないといけない。ここでようやく話がつながる。小林益川理論で複素数があらわれるのは、K中間子が反K中間子に変わるところだけだ。そうすると、2つの道をあらわす波動関数のうち、一つだけが余分な複素位相をもつ。この余分な複素位相は、粒子と反粒子をすべて入れ替えたときに逆向きになる。他はすべて元のままで、小林益川理論に起因する複素位相のところだけ逆になるせいで、最終的な確率を計算する絶対値の2乗をとったときに違いがあらわれる。
このように、2つの波動関数を足したときに起こることを干渉という。普通の波と同じで、2つの波の山と谷の重なり具合が変わってくることで、もとの波が強めあったり弱めあったりする。量子力学による効果が顕著にあらわれるところだ。
K中間子におけるCP対称性の破れはこうして起こる。ところが、これでもまだ話は半分も終わっていない。
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